第34話 休憩

 海でビキニでかき氷なんか食べて、舌とか青くしちゃいながら泣いている。そんな、夏の特盛セットな彼女の横顔を見ながら、俺も俺で気持ちの整理がつかないでいた。

 梅香は「自由に行こう」なんて、いい感じの事を言ったけれど、何故か逆に窮屈な感じがしていた。

「うわーん。眠いよー」

 梅香が喚く。もう何でもかんでも泣きたい理由になるらしい。

「赤ちゃんかよ」

「昨日あまり眠れてないの。わかるでしょ」

「確かに」

 その上、海水浴までしちゃっているので眠いのも無理はない。

「帰ろうか? これから実家に行くんだよね? 送るよ」

「まだ帰れない」

「なぜ? てか、どうしろと?」

 俯いて「わかんないよぉ」と、か細い声で抵抗する彼女を前に、途方に暮れる。


 どうしたものかと悩みつつ、とりあえず身支度をして車を走らせる。こんな真っ昼間に昼寝ができる場所を探し『ご休憩』の看板の前まで辿り着いた。

「あの、ごめん……これしか思い浮かばないので、代案ください」

 きっとまた罵られる。しかし、田舎の海辺じゃこんなのしかない。その建物はいい感じに寂れていて、余計に淫靡な雰囲気が漂っている。

「ネカフェとかスーパー銭湯とか、この辺にそんな気が利いたもんがないのは知ってる。いいよ『ご休憩』で」

 眠気がそうさせるのか、仏頂面で梅香が応えた。

「ガチで昼寝するんだよね?」

「そうだね。だとフリータイムの方がいいかな」

「あ、うん、って待って」

 これはどういうことだ?

 いや、連れてきたのは俺だけれども、ここフツーにラブホじゃん。いいの? 中に入っちゃったら、ヤってもオッケー? 別に俺はそれを求めてないけども、もしかして誘われてる? むしろ逆にしなきゃない感じ? でも梅香そんな感じの人じゃないような……女の考える事ってわかんないな……どうしたらいいんだ?

 頭の中は『?』で埋め尽くされている。

「眠い。杏ちゃんのことは部屋に入ってから聞くよ」

「あ、うん。えっと、部屋がいっぱいあるけど」

「なんでもいいから」

「oh yes……」

「なんで英語っぽくなってるの」

 俺の咄嗟の返事に、梅香がふふっと笑う。

 梅香が笑っているから、まぁいいか。

 なんとなく納得してしまい、適当な部屋に入る。部屋は割とこぢんまりとしていて、手前に二人がけのソファーとテーブル、奥に天蓋のついたフリフリのダブルベッドがあった。思ったよりも普通っぽい内装で、少しだけ安心する。

「杏ちゃん! 見てみて! お風呂! レインボー!」

 部屋を物色していた梅香が手招きをしている。どうしよう、これは誘っているっぽくないか? 困った。しかし、今日は彼女にとことん付き合うと決めたんだったと思い出し、流れに身を任せる決意をして赴く。そこには薄暗い浴室で七色に光るバスタブを指さして、楽しそうにしている梅香がいた。

 着衣だった。

「えーと……よかったね?」

「そだね。楽しむわ。さ、杏ちゃんはそっち行って」

 梅香は上機嫌で、しっしとジェスチャーをした。指示通り部屋に戻る。

 結局エロい展開にならなかった。安心と同じくらいがっかりしてしまっている自分に気がついて、胸の中でらいちに謝まり、ベッドに寝転がる。

 そういえば、海でこんなに遊んだのっていつぶりだろうか。なんてぼんやり考えているうちにすっかり眠ってしまったようで、気がついたら隣にTシャツとハーフパンツの、どう見ても部屋着姿の梅香がすやすやと眠っていた。

「……普通に昼寝してるし」

 自分のことは棚に上げて、ツッこむ。ラブホで二人きりで、同じベッドの上で爆睡している彼女に「無防備すぎるだろ?」と頬に手を添える。

 ぱち。

 音がしそうな勢いで梅香が目を開いた。

「うお。びっくりした」

「……ねぇ、手ぇ出す?」

 真顔で真っ直ぐ目を合わせながら、彼女が訊ねる。

「いいの?」

 真意が掴めないので、俺も訊き返す。

「よかったら出すの?」

「梅香がいいなら、多分」

「いいよ」

「え。マジで?」

 梅香は考える仕草の後「……やっぱ嫌」と言って、頬に添えた俺の手を払った。

 俺も俺で「やっぱり」なんて言いながら、やれやれといった様子を装って彼女に背中を向けて寝返りをうつ。

「ねぇ、梅香。キープされなくなったら、結局どうなるの、俺?」

「ただの、友達」

「今までと変わんなくない?」

「……そうだね。杏ちゃんは変わらないでいてくれる?」

「それは、わかんない」

「だよね」

 眠気が覚めたのか、梅香の滑舌が良くなってきた。がっかりを紛らわせるために、どうでもいいことに気を向ける。

「卒業式の後で告白された時さ、振ってしまったら杏ちゃんと関係が切れちゃいそうでね、どうにか繋いでいたかったんだと思う」

「それで『キープ』?」

「仕方ないじゃない。恋愛感情がないんだから」

「どうかな?試してみてもないのに?」

「ん?」

「ちょっとだけ、恋愛対象として見てみてよ」

 少しの沈黙の後「……そうだね」と梅香が覆い被さってきた。ベッドの上で、床ドンの体勢だ。彼女の髪の毛が頬にこぼれてくすぐったい。

「でもさ、これじゃあやっぱりダメってなった時、私危険では?」

「だめって言われたらそれ以上やらないよ」

「……橘平にキスして、私に百合に混ぜろとか言って、グミさんにセックスしたいって告白して、らいちを寝取った杏ちゃんだよ?」

「oh……」

 羅列されるとなかなかひどい。

「えっとじゃあ、手足でも縛る?」

「あ、そうだね。そうしよう」

 さも名案とばかりに、梅香はフットワークも軽く、ベッドサイドにあったバスローブの紐で俺の両手首と両膝をそれぞれ拘束した。

「これで、よし。行くよ?」

「お、おう。ばっちこい」

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