第24話 プール

「あんたらね。今度またアタシの家でいちゃついたら、まとめて追い出すからね!」

 風呂上がり、俺とらいちは和室に正座をさせられて、ドラゴンさんからお説教を受けている。納得いかないが、彼にとって我々は共犯だ。

「あとねぇ! 若いのに運動もしないでグダグダしてんのが心と体に悪いのよ。良い? 明日、お店も休みだし、あんたら私とプールよ!」

 ん? なんだか変な方向に話が行ってますよ。ドラゴンさん。

「はい! 水着ないでーす」

 らいちが挙手した。確かにプールで遊ぶような水着は俺も持っていないので、彼女に続いて手を挙げた。

「買ってあげるわよ、二人分!」

 ドラゴンさんが勢いで怒鳴る。

「わーい! ドラゴンさんありがとー!」

「わーいじゃないわよ。このエロ雌狐」

「おにーちゃーん! ドラゴンさんがいじめるー」

「仕方ないだろ」

 ドラゴンさんのお説教タイムで、らいちに付き合えない理由を説明する案件がうやむやになった。うまく説明できる気がしなかったので、内心ほっとしている。その夜はらいちがやってこないか心配で、ドラゴンさんの部屋に寝袋を持ち込んで就寝した。


「うわーん! ドラゴンさーん! 水着がダサいよお!」

「ドラゴンさーん! こっちはピッチピチだよお!」

「うるっさいわね! プールでガンガン泳ぐ水着よ! ここはね、おしゃれプールじゃなくて、市民プールなの。健康づくりを目的に建設された場所なの。スイムキャップにきっちり髪の毛しまいなさいよ! おら、ゴーグル!」

 らいちは可愛く出した前髪と後れ毛をスイムキャップに仕舞われ、俺はゴークルを装着された。市民プールはウォータースライダーや流れるプール、そして小さめの25メートルプールがあり、エンジョイ勢からガチ勢まで楽しめる、なかなかの施設だった。

「先生! 私泳げないので浮き輪を借りてきま……」

「今日、泳げるようになりましょうね」

 飽くまで楽をしようとするらいちに対し、言い終わる前に回答するドラゴンさんは、

「らいちちゃん。私、スパルタだけど教えるの上手なの。安心なさい」

 とにっこり笑った。

「うええ……」

「あからさまに嫌がらないで。おら、こっちきなさい」

「きょーちゃーん! 一緒にぷかぷかしよぉー」

 ドラゴンさんに背中を押され、俺から引き剥がされつつらいちが助けを求める。

「俺は、ガチで泳ぐので失礼」

 特にそんなつもりはなかったが、彼女と離れるために適当な理由を作った。言ったからにはやらざるを得ないので、25メートルプールで泳ぐことにした。

 水泳なんて中学生以来だった。……まじか。もうちょっと海とかプールとかで遊んでおけばよかったかも。高校の時なんて、そうだ、彼女たちと出会った時、川で遊んだくらいだ。そんなことを考えながら、体を浮かせて、水を掻く。思い切り全身を動かす事が楽しく、気がつけば無心で泳ぎ続けていた。

 何周か泳いで、流れるプールの中心にあるジャグジーで休憩をしていると、スパルタ水泳教室をしているはずのドラゴンさんとらいちが、それぞれ巨大な浮き輪に乗って周りを流れているのが見えた。

「……泳げるようになったのかよ?」

 独り言で彼らを見送る。


「なぁにニヤニヤしてんのぉ?」

 気がついたららいちがジャグジーに入ってきた。俺は全身を動かした疲労感と、ジャグジーの心地よさで、顔の筋肉がすっかり緩んでいたようだ。

「あれ? ドラゴンさんは?」

「疲れちゃったから着替えて休憩室で寝てるって、疲れるの早くない? はぁーよいしょっと」

 わざと年寄り臭い掛け声で腰掛ける。フィットネス用の可愛さなんて皆無の水着姿だが、体のラインがピッタリ出るので、ジャグジーの泡で水中が見えなくなるのがありがたかった。

「らいちは泳げるようになったの?」

「全然。だから諦めて浮き輪で遊んでた」

「へぇ……」

「で、なんで私と付き合えないの?」

 きた。豪速球。

「あー……なんていうか、らいちは俺にとって家族みたいな感じ? 親愛、みたいな。だからわざわざ『お兄ちゃん』も名乗ってるわけだし」

「え? ……そーゆーフェチじゃないの?」

「なんでそう、真っ先に性癖と捉えるんだよ。真っ当に線引きしてんだよ」

「家族なら妹じゃなくて奥さんでも良いってこと? じゃあ奥さんにしてよ」

 らいちと結婚。全く想像していなかったし、するつもりもない。

「ごめんなさい」

「なんでよ! 良いじゃん」

「なんだろう……なんか、公平じゃない? っていうか……」

「公平?」

 らいちが明るい様子で笑いながら話をするから、こちらも気が楽だった。

「言葉を選ばないと、らいちを人間として見れないっていうか」

「なにそれ……ふふっ変なの。何に見えてるの?」

「手のかかる妹?」

「妹って人間じゃないの?」

「そこね! 人間なんだけど、なんだろ……うまく言えないんだよな……」

「わかんない。何それ」

 彼女は不自然なタイミングで、ジャグジーに頭までもぐった。顔を出したとき、すでに目元と鼻の頭が赤くなっていて、泣いているのが解った。

「らいちごめんね。大事な話だから続けてもいい?」

「聞きたくない」

「ごめんね。聞いて」

「……」

 らいちは返事をしなかった。でも、その場から離れる様子もなかったので続けることにした。

「昨日みたいに襲われたら、俺安心して暮らすことができないから、家を出ないといけなくなる。だからもうやめてほしい」

「……私が出ていけばいい?」

「いや、襲ってこなければこのままで大丈夫」

「襲うって人聞き悪いなぁ……告白してキスしただけなのに」

「でも俺ね、昨日怖くてドラゴンさんの部屋で寝た」

「ひどいなぁ……みんなこーゆーのやるじゃん……好きって言って、手を出してって……」

 らいちがボソボソと呟いた。

「きょーちゃんは、怖いとか嫌だとか言えていいよね。言っても怖くないでしょ? 私なんかに嫌われても」

「嫌なことは嫌って言ったらいいし、そんなことで嫌う?」

「……嫌わなくても、気分はよくないっていうか……気持ちを逆撫でされると怒る人っていっぱいいるんだよ。男の人とか、特に家の中で女の子と二人きりだと……そうなるよ」

 俺とらいちの話のつもりが、知らない誰かの話にすり替わっていた。でも、らいちは声を震わせて、一生懸命に言葉を絞り出している。彼女が話したいならこのまま聞こうと思った。


「男? 全部がそんなんじゃないだろ?」

「大体そうだったよ」

「それは、らいちの男を見る目がないだけでは?」

「ちゃんと優しい人を選んでもだよ?」

「優しくないだろ。それ」

「ほんとは優しくない。なんて、わかんないよ」

「まあ、難しいか」

「うん」

 らいちがどんな気持ちなのか、俺にはわからないけれど、彼女の顔は悔しそうに見えた。

「らいち。俺はね、自分に優しい人より、自分が優しくしたい人が好きな人だと思う」

「じゃあ私は、きょーちゃんに優しくしたい」

「じゃあ優しく言うこと聞いてよ」

「いやです。優しくするから大丈夫だよ。怖くないよ」

 意味を微妙にすり替えて、らいちが含み笑いをした。

 優しさってなんだろう? よくわからなくなってきた。


 いつの間にか会話はくだらない問答になっていて、らいちの泣き顔も笑顔になっていた。それを確認して、一緒にプールから上がった。

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