第22話 おしごと

「お兄ちゃんは、反対だ」

「えー!? 良いじゃん。もう私二十歳だし、何だって自分で決めるもん。きょーちゃんはね、ちょっとうるさいよ」

 らいちは俺の意見に対し、頬を膨らませて抗議した。

 

 お兄ちゃん宣言をしてからひと月。俺は自分のことを『お兄ちゃん』と呼ぶまでにしっくりきていた。しかし、肝心のらいち本人は、まだ『お兄ちゃん』と呼んでくれない。少し寂しい気持ちを抱えながらも、俺とドラゴンさん、そしてらいちの3人で、平穏に暮らしていた。

「可愛い仕草をしてもだめ!」

 グラスを磨く手をとめ、たしなめる視線を向ける。らいちは目を泳がせ、ドラゴンさんに水を向けた。

「ねー? ……ドラゴンさーん、このお店だめー?」

 ドラゴンさんはわざわざ開店準備の手を止め、らいちが指さしたスマホの求人情報を覗き込んだ。

「どーれ? パブ・プルーン。良いじゃない。らいちちゃんのためにあるような名前じゃない」

「でしょ? 時給すっごいよね……」

「ここ、セクキャバね〜? てか、おっパブね。ガッポガッポ儲けちゃう?」

「お金があって困ることなんてないもんねー」

「だめ絶対! お兄ちゃんは、反対!」

 無職でホームレスだったらいちは、住むところを確保したため、現在張り切って仕事を探している最中だ。

 が。

 ことごとく、と言っても俺的にはだけれども、難のあるものばかりをピックアップしてくる。

「仕事なんて、どんなんだって嫌じゃない? どうせ嫌ならお給料高いのがいいよぉー! ほんとは働きたくないよー!」

 らいちは直球で自論をぶつけてきた。俺も仕事なんてアルバイトしかしたことがない。けれど、らいちのその考えと選んでくる仕事は……上手く言えないけれど、なんだか嫌だった。

「そりゃそうだけど……もうちょっと、なんかさぁ……良い仕事というか」

「いい仕事と悪い仕事の境目がわかりませーん!」

「職業を差別するつもりはないけど……なんて言うか……」

 なんだか嫌という気持ちをうまく言葉にできない俺は、歯切れの悪いことしか言えなかった。口籠る俺を見かねて、ドラゴンさんが助け船を出す。

「少しでも嫌じゃないことを仕事にしたほうがいいんじゃない? お金のためなのはもちろんだけど、だからってわざわざ嫌な仕事を嫌々するなんて、言っただけで嫌な気分よ。好きな仕事じゃなくとも、得意なことを生かすとかさ、働くストレスは減らしたほうがいいわよ」

「それ!」

 すかさず同意するが、らいちは「そんな仕事はないです」と、不機嫌にそっぽを向いただけだった。

「らいちちゃんさぁ……とりあえずうちにいられるんだし、お小遣い程度のバイト代ならうちのお店の手伝いで出してあげてるんだから、少しゆっくりしたら?」

「ドラゴンさぁん……天使……感謝してます」

「うんうん。もうお店開けるから、今すぐトイレをピカピカにしてね。今すぐ」

「あい……」

 らいちは「働きたくないよぉ……」と大きな独り言を残して、トイレ掃除に向かった。

 掃除に向かったらいちを見送って、ドラゴンさんが呟いた。

「それにしてもさぁ、杏が『お兄ちゃん』とか言い出した時は、うちでイメクラごっこでもされるのかしらってサブイボたっちゃったけど……」

 ドラゴンさんは会話を一度止め、俺の方を向いてニッと口角を上げた。

「らいちちゃんにはいい感じにハマったわよね」

 釣られて俺も笑顔を作る。

「ですねぇ。俺もなんか、自分で言ってしっくりきたんでびっくりしてます」

「頼もしいね! お兄ちゃん」

 ドラゴンさんが強めに背中を叩いた。

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