薄物語
海猫ほたる
薄物語
中央線快速の車窓から見える、夜の街並みをおつまみに、私は飲んでいた。
残業続きで疲れた体に、
帰ったら飲もう、本物の
「はあ、つかれた……どっかにいい
私、
ため息は、残業続きで疲れているからなのか、それとも両親にお見合いを迫られているからなのか、自分でもわからない。
多分、
ゲームでもしよ……とスーツのポケットからスマホを取り出したその時だった。
「
声をかけられ、顔を上げると、スーツ姿のイケメンが、私に向かってにっこり微笑んでいる。
彼は、
背が高くて線が細い。
それでいて、意外と逞しい身体。
インナーマッスル鍛えてそう。
顔も悪くない。
仕事の評価も高い。
そして……何と言っても、独身。
彼を狙っている同僚は少なくない。
正直、私にはもったいない位イケメンなのだが、途中まで帰り道が同じ事もあって、ありがたい事に、先輩と私は、たまにこうして帰り道をご一緒する事がある。
「一緒の電車だったんですね。
「そうみたいだね。あ、隣いい?」
「どうぞどうぞ」
先輩が私の隣に腰を下ろす。
昼間に会社で見る先輩は、いつも爽やかキラキラ舞うイケメンなのだが、今の先輩は、車窓から溢れる夜の街の明かりに照らされて、大人の雰囲気。
昼の清涼感と、夜のアダルティな二面性を持つ男、それが
「
「先輩だって、こんな時間まで残ってるじゃないですか」
「そうだね……お互い大変だね」
先輩と話していると、疲れがあっという間に消えていく。
電車は、武蔵境駅に止まった。
扉が開く。
白い髪が肩まで伸びた、着流しで草履履きの和装の男が乗って来た。
「先輩、今度の社内コンペ、なんとしても
「
八王子駅で降りる先輩とは、もうすぐお別れになってしまう。
それまで、少しでも長くおしゃべりしていたい。
「おや、ススキ?」
着流しの男が話しかけてきたのを、軽くしっしと手で追い払う。
「ススキ……冷たいですね。久しぶりに会えたと言うのに。ところで、そちらの殿方は、恋人ですか?」
追い払われてくれなかった着流しの男——
「
「あぅ……なんでもないんです先輩。なんでも」
慌ててぱたぱたと手をふって焦りを誤魔化す。
先輩には……いや、普通の人たちには、彼らは見えない。
「そ、それより先輩、昨日のドラマ見ました?」
無理やり話題を変える。
「あ、見たみた。犯人誰なんだろう……気になるよ」
「ですよねー」
ちらと隣の車両を見ると、こっちを見つめている
私は手を合わせて
「
「せ、先輩っ!金曜のあれも見ました?テレビ初放送の映画」
「ああ、見たみた。あのアニメ絵が綺麗だよね」
私達を乗せた快速電車はつつがなく進行し、八王子駅で先輩は降りて行った。
★
「もう……謝ったんだからいいじゃん」
「まあ、いいでしょう。ススキの慌てる顔が見れてこちらも楽しかったですし」
「なっ……」
「
彼も何気にイケメンだ。
子供の頃の私は、
「いいですよ。大事なお嫁さんのいう事ですから……ね。それに、僕は、ススキが男と会ってるからって気にしませんよ」
「忘れたい。嫁になるなんて言ってたの忘れたい……黒歴史だわ……っていつの間にか、もう降りる駅!」
気がついたら電車は高尾駅についていた。
慌ててバッグを引っ掴み、電車のドアに向かって猛ダッシュ。
ぷしゅー……と乾いた音を立てながら閉まるドア。
はあはあと息を切らしてドアを抜ける私。
閉まったドアを音もなくスッと通り抜けて来る
……
「ていうか、なんで
「おやおや、ススキ、今月は何月ですか?」
「えと……十月……あ」
「そう、
そういえば、駅を出ると、そこかしこに、みんなの姿が見える。
みんな、高尾山から降りてきたんだ。
「なんだなんだ、ススキ、男ができたのか?」
私の身長より大きな大きな兎、
「なんで
「ごめん、僕も見ちゃったチュン」
大きな雀の姿をした
「
「ち、ちが……言いふらしたのは
「コケッ、僕はただ……
大きな鶏の姿をした
辺りに白い羽毛が飛び散る。
「うふふ……ごめんススキ、私が言いふらしちゃったにゃん」
黒い猫の化身、
「……もう……
私は
彼女に言われると何でも許してしまう。
だって、かわいいは正義。
「そっか。みんな、これから出発するの?」
「そうだポン。ススキ、ちゃんと生八橋をお土産に買ってくるから待っててくれポン」
「
「ポ……ポンっ」
狸の
私が最初に出会った
気がついたら、いつの間にか他にもお友達がやって来た。
「じゃあねススキ。行ってくるワン」
「
「ワン?」
「……ちょっとだけ吸わせて。ね?」
「ワ……ワンっ!」
他の人には見えない、私だけのお友達。
仕事が忙しくて、最近は構ってあげられなくなったけど、今でも大切なお友達。
★
「行っちゃった……」
西の空に消えていったみんなを見送った私は、夜の道を歩いて家に向かっていた。
人気のない路地を歩く。
それにしても、あのアパート、徒歩二十分は嘘だと思う。
私の足ではいつも、三十分はかかっている。
「あー、帰って発泡酒飲も」
……⁈
直後、背後にドス黒い気を感じて慌てて振り返った。
いつの間にかそれが現れている。
「キキキ……久しぶりだなあススキ……」
乾いた声で私の名を呼ぶそれ。
「あ……あんた……
燃え盛る火を纏った
「キキ……俺の事を忘れないでくれて、ありがとうよススキ……だが、お前を守ってくれる
私は昔、
だけどその時、
コテンパンにされた
もう諦めたのかと思った。
思ったけど……違った。
「待っていたぞ……この時を……巫女を喰う千載一遇の
……まずい。
……逃げなきゃ。
でも、体が思う様に動かない。
足が……動かない。
「キキッ……逃すものか……ススキ。妖術でお前の足を止めた……もう逃げられん。観念しろ」
「ふ……ふざけないで……こんな所であんたなんかに食われてたまるもんですか……」
とは言ったものの、ただ威勢を張ってみただけ。
正直、手は無かった。
「さあて、どこから頂こうか……その手か……その足か……それとも頭か……キキキ」
うわ最悪……私の人生て……ここで終わるんだ。
ああ、死ぬ前に先輩と、ところざわサクラタウンでデートしたかったな……
私は、そっと目を閉じた。
……どかっ。
……ばき。
……ん?なんか変な音。
「な、何だお前は……横取りする気か!キキィ」
「やれやれ……お前如きに舐められるとは……なっ!」
「ギ……ギギギィィィ……」
そっと目を開けると、真っ二つに切り裂かれた
「お……覚えていろ……この借りは……必ずか」
そこまで言った所で、
剣を持った
夜の路地、街灯に照らされ、スーツ姿で剣を手に微笑む先輩の姿。
「む……むらじ……先輩……なんで……?」
先輩は剣をひと振りすると、剣は淡く白い光を放って消えた。
いつの間にか私の足は、動ける様になっていた。
道路にぺたんと座り込む。
「ごめんね
「それって……」
「俺、
「先輩、私を守る為に……わざわざ来てくれたんですか」
「ああ。
「う……せんぱいー」
感極まって、暫くの間泣きじゃくっていた私を、
翌週の日曜日、私は先輩と、ところざわサクラタウンでデートした。
——
薄物語 海猫ほたる @ykohyama
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