アンコール「未完成のワタシ」
新進気鋭の映画監督アリス・ヴァンデンバーグは悩んでいた。
「……気に入らないわね」
「まだ悩んでいるのかい? アリス」
不機嫌そうな表情で呟くアリスに、彼女のマネージャーは「またか」とため息を吐いた。
ニューヨークにある、アリスのオフィス。そこで彼女は、ここ数ヶ月撮影しているショートフィルムの編集作業を、手ずから行っていた。
撮影自体はほぼ終わっている。残るシーンは数えるほどしかない。
既にアリスの中では作品のイメージが固まり、完成形がはっきりしている。にもかかわらず、一つだけしっくりこない部分があった。
作品の最後にスタッフロールと共に流す、テーマ曲だ。
「ブライアンの仕事に不満があるのかい?」
「まさか! 彼の劇伴は完璧だわ。でも、この作品の締めを飾るのは、コレジャナイのよ」
ガリガリと、伸ばしっぱなしの茶色のクセっ毛を掻きむしるアリス。
実際、友人でもある作曲家のブライアンが作った楽曲はどれも秀逸だった。各シーンにマッチもしている。
だが、これではない。アリスのイメージの中にあるモノとは、45度ほど角度が違っているのだ。
「追加で作り直してもらう?」
「ノー、駄目よ。ただでさえ、ブライアンにはボランティア同然のギャラでやってもらったんだから。これ以上は別発注にしないと。で、彼ほどの大物に依頼する予算は、もうないわ」
ブライアンはハリウッドや欧州でも活躍するベテラン作曲家だ。
そんな彼においそれと再発注出来るものではない。スケジュールもそうだが、何より単価が高い。
「はぁ……どうしたもんかしらねぇ」
愛用のゲーミングチェアのリクライニングを倒しながら、だらしなく背後に伸びるアリス。
――オランダ系の父とメキシコ系の母から受け継いだ、エキゾチックな美貌が台無しだ。彼女の父親代わりでもあるマネージャーは、先程よりも深いため息を吐いた。
「フユカは期待以上の演技をしてくれたわ。他の役者もそう。カメラマンも、音声さんも。皆が最高の仕事をしてくれた! 私の当初の完成イメージを上回るものが出来上がりつつある! ……最初からこのイメージをブライアンに伝えていれば……いいえ、違うわね。彼の重厚な完成度では、この作品のラストには相応しくない」
アリスは日本の文化――特にアイドルやオタクカルチャーに造詣が深い。冬華を見初めたのも、日本の新人アイドルをチェックしていたのがきっかけだ。
日本人らしく小柄で可憐な少女が、圧倒的歌唱力とニューヨークでも通用しそうなダンスを披露するその姿に、一目惚れしたのだ。
加えて、彼女の中にある、外見とは裏腹の何かねっとりした情念のようなものも、アリスの嗜好に直撃した。
冬華の事務所には、プロデューサーを通じて「新作のイメージに彼女がぴったり」と伝えたが、実は逆だ。
彼女をイメージしてキャラクターと物語を創り上げた。いわゆる「当て書き」というやつだった。
物語の筋立てはシンプルだ。
主人公は、ニューヨークで目も出ずに燻っているストリートアーティストの少女。彼女はある日、ひったくりを捕まえたことで、同年代の日本人の少女と出会う。
生まれも育ちも、国籍も母語も、髪や肌や瞳の色も、何もかも異なる二人。けれども、二人は何故かお互いに離れがたい感情を覚え、恋に落ちる。
しかし、日本人の少女は数日後には帰国する予定であり、二人は思いを通じ合わせながらも、プラトニックな関係のまま別れ、二度と再会しない。
はっきり言って平凡なストーリーだ。が、これが世界のヴァンデンバーグ監督の手にかかると、エンターテイメントと芸術の良いとこ取りをした怪作に変わる。
その締めとなるスタッフロールに求められるのも、正攻法の楽曲では、違うのだ。
ブライアンも日本のオタクカルチャーを研究して、素晴らしい音楽を仕上げてくれたのだが、まだ足りない。もっと、もっと「外連味」が必要だった。
「ああっ、もう! 今日はおしまいおしまい! フユカのMVでも観て癒されよ~!」
「こら、きちんと仕事を終わらせてからにしなさいアリス!」
マネージャーのお小言は無視して、アリスは自分のスマホを取り出した。
お気に入りの動画リストから冬華の公式ミュージックビデオを再生し、すぐに自分の世界へ浸ってしまう。両耳にはいつの間にか、無線イヤホンが装着されている。
「……ったく。コーヒーでも淹れてくるから、その間までだぞ!」
マネージャーの足音が遠ざかっていくのをイヤホン越しに聞きながら、アリスはMVに集中する。
今再生しているのは、冬華の「はなことば」という歌のMVだ。
届かない恋心を花言葉に乗せて謳い上げる、切ないバラード。映像もそれに合わせてか、様々な花が咲いては散っていく、幻想的なものになっている。
(この映像も悪くないけど……私ならもっと上手く撮るわね!)
一人勝ち誇るアリス。
聞くものがあれば「世界的な映画監督が何を」とツッコまれることだろう。
冬華のMVを制作した映像監督もベテランだが、ギャラはアリスより一桁以上少ない。比較する方がおかしい。
(この曲がまたいいのよね……。音源はいかにも低予算って感じだけど、工夫されてて。正に日本のアイドルって感じ!)
作詞作曲は「TT」という人物らしい。
聞けば、冬華のプロデューサーだという。いつぞや、冬華自身が嬉しそうに話していたのを、アリスも何となく覚えている。
――ラブの匂いがしたが、それは黙っておいた。
(そうねぇ……この曲みたいなノリなら、今回の作品のエンドロールにも合いそうなんだけど……。適度に青臭くて)
作者である春太が聞いたら照れと憤慨と悔しさにショック死しそうな感想を浮かべながら、MVを観終わるアリス。
グイっとリクライニングを起こし、スマホをデスクの上に置き伸びをする。
主の動きに合わせるように、身に付けたTシャツがグイっと伸びる。その胸に描かれているのは、日本の人気アイドルゲームのキャラクターだ。とてもではないが、世間様には見せられない姿だった。
「待てよ? そもそも、それってありなんじゃない?」
「どうしたアリス、独り言を言って。それとも遂に、シャツの中の彼女とお話し出来るようになっちまったか?」
二人分のコーヒーを持って戻って来たマネージャーが苦笑いを浮かべる。
だが、アリスはそれに応えず、椅子から立ち上がると彼に詰め寄った。
「ねぇねぇねぇ! フユカの事務所の社長にさ、直接連絡って出来る?」
「そりゃあ、出来るが。社長じゃなくて会長な? 彼が窓口だよ」
「ちょっと思い付いたことがあるんだけど……」
少年のように悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、マネージャーに思い付いたアイディアを披露するアリス。
マネージャーはその提案に驚き、呆れ、苦笑いしながらも、最終的にそれを受け入れた。
「――ああ、もしもしマイケル? ああ、俺だ。この間はどうも。実はな、急な話で悪いんだが、アリスが君の所の作曲家をどうしてもこっちに連れてきたいって言っててな。……そう、フユカのプロデューサーだっていうその人さ! 出来れば、フユカの撮影が終わる前に来てほしいんだが――」
(TO BE CONTINUED?)
■ 作者より ■
最後までお読みくださってありがとうございます。
春太と冬華の物語は、一旦ここで終わりです。
一応、この後の一波乱や番外編のネタはあるのですが……続きが書けるかどうかは評価次第です。
もし少しでも「面白かった」と思われたら、カクヨムの★評価で応援願います。
本作品で、またお会いできることを願いつつ 2023.1.26 澤田慎梧
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