第十五話「スターなあの子(2)」
「はい! ということで、本日は、なんと! 今、人気急上昇中の、アイドルちゃん二人に来てもらっています! ヒュー!」
男の、お世辞にも流暢とも滑舌が良いとも言えない前口上に、思わず苦笑する。
人気の動画配信者らしいが、 喋りの方は完全に自己流らしい。
一瞬、専門のトレーナーさんでも紹介してやろうか? 等と思ってしまったが、すぐにその考えを打ち消す。
案外と、こういった素人臭さを残していることが、人気の秘訣なのかもしれなかった。
「では、改めて自己紹介をお願いします、ヒュー!」
「はじめまして、村上冬華です♪」
「……万世橋、ヤイコです。よろしく」
「はい、二人のエンジェルちゃん、ありがとう! 急遽決まったこのスペシャル配信、最後まで観てってネ! ――はい、じゃあ一旦カメラ止めて~。次は、トークパートね」
三人という、必要最低人数のスタッフに指示を飛ばしつつ、自らは冬華とヤイコと打ち合わせを始める男。
名前を「DJ大仏坂」という。年齢は三十半ば。元は売れない作曲家だったが、ある時からアイドルの楽曲の解説動画をアップロードするようになり、それが見事にバズった。
今では、人気音楽番組「DJ大仏坂のチェケラ!」を擁する、人気動画配信者だ。
基本はフリーで活躍しているが、テレビやラジオ等の既存メディアへの出演においてのみ、「ミカエル・グループ」とマネージメント契約を交わしている。
今回は、その「ミカエル・グループ」でのコネを使わせてもらって、冬華とヤイコが共演する番組の制作を依頼した。急遽の頼みだったにもかかわらず、大仏坂は快く引き受けてくれた。
――ヤイコは、見事にアイドルとしてのスタイルの転換に成功していた。
ダンスを封印し、歌唱を中心にしたパフォーマンスを全面に押し出した途端、ブレイクしたのだ。
今ではきちんとマネージャーも付けてもらい、冬華と同じくらい忙しく駆けまわっている。
正直、彼女のスケジュールを押さえるのは大変だった。が、そこは万里江が頑張って調整してくれたらしい。感謝しかなかった。
「え~と、マネージャーさんからは『ヤイコちゃんは寡黙キャラでお願いします』って言われてるけど、大丈夫?」
「……頑張って、我慢します」
「そ、そうかい。大変なんだね、ヤイコちゃんも……」
ヤイコが封印したものはもう一つあった。
あの、オタク特有の早口や弱メンタルキャラだ。今までは、楽屋でもトークでも醜態を晒していたのだが、今はそれがピタリと止んでいた。
もちろん、彼女本人の性格が変わった訳ではない。必死に「寡黙キャラ」を演じているだけだ。
その証拠に、他の関係者が見ていないところでは、
『はぁはぁ! 久しぶりの濃厚な冬華ちゃんの薫り……かぐわしい! スゥーハァースゥーハァー! 疲れもぶっとんだぁ! もうこれは冬華ちゃんから分泌される成分を瓶に詰めて売るべきだよ! 絶対癒し効果のあるナニカが含まれてるってぇ! 爆売れだよぉ! ――って、ウソウソ! アタシが独り占め出来なくなっちゃうから、やっぱりだめー!』
等と、ヤイコ節を全開にしていたくらいだ。
冬華はと言えば、慣れた手つきでそんなヤイコを「ヨシヨシ」してあげていた。その様はまるで、久しぶりに再会した大型犬をあやす飼い主のようだった。
「親友でライバル」とは、一体……。
もちろん、ヤイコの従来のファンからは不満もある。どうやら、大仏坂もその一人だったらしく、ヤイコの寡黙キャラに戸惑っていた。
だが、一度ステージに立つと、そんなキャラ付けはどこへやら。以前と同じく、観客を煽るような独特のスタイルが健在だった。昔からのファンも、新規のファンも、そんなヤイコのギャップが癖になるらしく、固定ファンは着実に増えていた。
「アイドル・ランキング」トップ100入りも間近ではないかと、もっぱらの評判だ。
ヤイコが歌唱重視のスタイルに転換したのは、言うまでもなく冬華の為だ。
冬華の良きライバルで有り続けたいと、ヤイコが願ったからだ。
そしてその目的は叶いつつある。だが、そこに至るまでの間には、相当の努力があったはずだった。
……折を見て、きちんとお礼を言っておかなければならないかもな。
今回の収録も、ヤイコに冬華の「殻」を破ってもらう為のものだし。
一方、みのりの歌を生で聴いて以来、冬華は伸び悩んでいた。
冬華の強みは、歌唱・ダンス・観客へのアピール力のバランスの良さだ。それぞれが高いレベルで融合しているからこそ、新人離れした実力を発揮出来ている。
だが、ここ数日の冬華は歌唱にだけ気を取られてしまっている。そのせいで、他の二つがおろそかになっているのだ。
俺やレッスンの先生達も、様々な助言をしているのだが……効果がない。
みのりの歌声はまるで呪いのように、冬華の心を縛り付けていた。
「もっと、あの歌声に近付かなければ」という強迫観念と言えば、分かりやすいだろうか。今の冬華は、そういった感情に憑りつかれてしまっている。
このままでは、冬華は自分のスタイルを見失い自滅してしまう。ヤイコとの共演で、なんとか本来の自分の姿を思い出してほしいのだが――。
***
トークパートの収録は和やかな雰囲気のまま終わった。
ここ数日の冬華はラジオの収録などでも、やや精彩を欠いていた。どこか、無難にこなそうという意識が感じられ、冬華本来の良さである天真爛漫さが鳴りを潜めていたのだ。
だが、今日の収録では、冬華は自然な笑顔と会話を披露出来ていたと思う。
共演相手がヤイコという気の置けない相手ということもあったが、陰の功労者は大仏坂だろう。
最初に感じた通り、大仏坂自身のトークは正直下手くそだ。だが、共演相手のことをよく観察し、要所要所でフォローするなど、気遣い上手なところがあるらしい。
低身長のずんぐりむっくりした体型と、常に微笑んでいるような丸顔も、どこか人を和ます雰囲気がある。
もちろん、音楽知識やアイドル業界にも詳しいので、その点も信頼がおける。
なるほど、これは人気がある訳だと、思わず感心してしまった。
「では、最後に歌唱パートの収録をお願いします。ちょっとセッティングに時間がかかるので、その間はどうぞご休憩ください」
大仏坂とスタッフ達が、てきぱきとセッティングを始めた。
今日の収録スタジオは、楽曲のレコーディング等にも使われる所だ。ちょっと機材を調節すれば、配信ライブもそのまま行える。
今日は収録なので、何テイクか撮影して納得がいったテイクを配信に使用する――のが常なのだが、少し趣向を変える予定だった。
「えっ、今日は一発撮りなの?」
「ああ、二人にはすまないが、スタジオの関係で時間が押しててね」
「いや、アタシは別にいいけどさぁ……冬華ちゃんは? ……冬華ちゃん?」
「あっ、ごめんなさい。少し考え事をしていました。冬華ももちろん、大丈夫です♪」
笑顔を浮かべながら、両手でガッツポーズして見せる冬華。
だが、その笑顔にはどこかぎこちなさがある。
――と。ヤイコがクイクイッ、と俺の袖を引っ張ってスタジオの隅まで引っ張りこみ、耳打ちをしてきた。
「ちょっと、アンタ。冬華ちゃんに何かした?」
「人聞きの悪い。実は、先日江藤みのりの歌を生で聴いちまってな。それ以来、スランプなんだ」
「ああ……。それ、なんかわかるぅ……」
どうやら、ヤイコもみのりの歌を生で聴いて、衝撃を受けたことがあるらしい。
おのれみのり……恐ろしい女!
そしてヤイコも恐ろしい女だった。耳打ちされるほど距離を詰められているので、先程から彼女のご立派様がぐいぐいと押し付けられていて、むちゃくちゃ柔らかい! 助けて!
――まあ、それはともかくとして。
チラリと冬華の様子を窺う。
いつもなら、俺が他の女性とくっついたり親しそうにしていると、昏い瞳で静かな嫉妬心を燃やしてくれるのだが……こちらを見もしていない。
虚空を見つめながら、ぶつぶつと今日歌う楽曲を静かに口ずさんでいる。周りが全く見えていない証拠だった。
「あんなに切羽詰まってる冬華ちゃん、初めて見る……。なあ、アンタ。アタシは何をすればいい?」
「ただ、いつも通りに歌ってくれればいいよ。ただし――」
続く俺の言葉に、ヤイコは少しだけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに「ニカッ」と少年のような笑顔で頷いてくれた。
***
「お待たせしましたー! では、ヤイコちゃんからお願いしまーす」
「……了解」
あくまでも寡黙キャラを演じながら、ヤイコが撮影位置につく。
そのまま、カメラとマイクの最終チェックを行う。オケの方はもちろん生バンドではなく録音だ。
「冬華」
「はい」
スタジオの端に並んで立つ冬華に声をかける。
その瞳はヤイコの姿を捉えているようで、その実どこも見ていないように思える。
「ヤイコの歌う姿を、よく見ておきなさい」
「……? はい。もちろん、しっかり観ますよ?」
俺の言葉に、冬華は可愛らしく首を傾げた。
どうやら、自分がぼーっとしている自覚がないらしい。
やがて、最終チェックが終わり大仏坂がGOサインを出すと、オケが流れ始めた。
ヤイコの代表曲「インフィニティ」のイントロだ。相変わらずロボットアニメのオープニングに流れていそうな感じだ。
――と。
『配信を観てるみんなぁー! 今日はマブダチの冬華ちゃんが見てくれてるから、ヤイコ、最初からトップギアで、行っくゼ~! 「インフィニティ」!!』
突然、事前の打ち合わせでは言ってなかったMCを入れるヤイコ。
だが、撮影は止まらない――俺が事前にそう頼んでいたから。
実は、「スタジオの都合で一発撮りになった」というのは嘘だった。俺がそう大仏坂達に頼んだのだ。
理由は二つある。一つは、何テイクもの撮影が前提だと、冬華が納得いく歌唱が出来るまで粘ってしまう可能性があったからだ。
今の拗らせてしまっている彼女に、それはさせたくなかった。
もう一つの理由は、今目の前で歌っているヤイコだ。
彼女には先程、こんな依頼をしてあった。
『いつも通りに歌ってくれればいいよ。ただし――冬華も観客の一人であることを意識してくれ』と。
ヤイコは、その依頼を見事に果たしてくれた。
以前よりも凄味を増したヴォーカルは、カメラの向こう側の、いずれこの映像を目にするであろうファン達を的確に捉えていた。
そして――。
「……すごい」
収録中であるにもかかわらず、思わず言葉が漏れてしまう程に、冬華の心を掴んでいた。
ヤイコはカメラから視線を外さない。けれども、同時に冬華のことを見つめているような、そんなオーラが彼女の全身から迸っていた。
――その時、俺は確かに目撃した。
ヤイコと冬華を結ぶ直線状、その中間地点辺りに、小さく淡く、だが確かな光が産まれたところを。
「スフィア」だ。本当にささやかな、ヤイコと冬華の二人の気持ちが繋がったことで発生した、魂の輝き。
それが、確かに見えた。
『――どうもありがとう』
やがて曲が終わり、ヤイコが再び寡黙キャラの仮面を被る。
大仏坂が「OK」をコールし、撮影は無事終了となった。
次はいよいよ、冬華の番だ。
「冬華、いけるか?」
「……はい。いけます!」
冬華から返って来たのは、力強い返事と眼差し。
どうやら、少しだけ吹っ切れてくれたようだ。
ここ最近の冬華は、歌唱力の向上に拘るあまり、アイドルの歌で一番大切なことを忘れていた。
アイドルの歌は、ただ上手く歌えればいい訳じゃない。観客に、ファンに向けて想いを伝えられなければ、意味がない。
自分が上手く歌うことだけを考えているアイドルは、結局自分のことしか考えていないのだ。それでは、本物のアイドルとは言えない。
ヤイコは、カメラの向こう側のファンに向けて歌うと同時に、冬華のことを想いながら歌ってくれた。
誰に何を伝えたいのか。それが明確なヤイコの歌は、それだけで人の心を打つのだ。
――その後に行われた冬華の撮影は、まずまずの成功だった。
まだ完璧ではないが、冬華はこれから、自分の歌を、ステージを取り戻していくだろう。
俺がそばで、しっかり支えてあげなければならない。
だが、この時の俺は予想もしていなかった。
冬華を支えるべき俺が原因で、彼女が再びスランプに陥ってしまうことを。
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