期末試験②/陰

 二人が勝負を始めた頃、和貴は亘とその取り巻き合わせて計六人で指定されたポイントにいた。亘を中心に取り巻きが彼を煽てる。それを少し離れたところで和貴は眺めていた。


 (はあ……やっぱりこうなるよな。いや、別に仲間に入りたいわけじゃないけどさ)


 重く、深い溜息が零れる。亘たちから視線を逸らして渚杜たちの方にいた方が楽しそうだろうな、と思った。二人の様子を想像して少しだけ口角が上がる。和貴は自分の頬を叩いて気合を入れると目の前の悪霊たちへと集中した。

 亘を中心に取り巻きが陣形を組んで悪鬼・悪霊を祓う中、和貴がいち早く異変に気付いた。悪鬼たちの先に黒い陰が見える。亘たちはまだ気付いていないようだ。


 「おい! 悪鬼たちの他に何かいるぞ! 気を付けろ!」


 注意を促すが、亘たちには視認で出来ていないせいか和貴の言う事を信じず鼻で笑った。


 「おいおい弥生くん。怖がりだからってそこら辺の悪鬼たちを見て他に何かいるぞ、はないだろう! そんなに怖いなら逃げればいいじゃないか。逃げても先生には黙っておいてやるよ」


 あはは、と笑い声を上げる亘たちに和貴は奥歯を噛みしめた。反論しようとするが、それよりも陰が確実に近づいてきていることが気になり口を閉ざす。和貴の反応を図星と取った取り巻きの一人が「見ろよ、弥生の顔! だっせー!」と笑った瞬間、陰が一気に距離を詰めた。


 「逃げろ!」


 和貴が声を上げた時には陰に呑み込まれていた。一人消えて初めて視認出来た―否、一人を取り込んで形を成した陰はニタリと嗤い形成した腕を伸ばした。周りの悪鬼・悪霊をも取り込んで大きくなっていく陰。体躯は元の倍になっていた。取り込むものが無くなった陰が狙いを定めたのは人間たち。黒い腕が四方へ伸ばされ、襲い掛かる。悲鳴、悲鳴、悲鳴。逃げ始めるクラスメイト。彼らが頼ったのは亘だった。亘は逃げることはせず陰と対峙する。取り巻きたちは二人取り込まれており、残りが亘の背後に身を隠した。


「おい化け物! お前は俺が祓ってやるから覚悟しろ!」


 そう言いながらも亘は震えていた。震えながらもこの場で一番力がある者としての責務が体を突き動かすのか、霊符を化け物へ向かって突き出した。霊符を何枚も使用し、咒文を唱えるが、化け物は倒れる様子はない。咒文を受けて少しだけ怯むことはあっても対して効果はないようだった。亘では倒せないと悟った取り巻きの一人が悲鳴を上げて逃げ出す。それを追うように化け物が腕を伸ばせば、呆気なく取り込まれた。


 亘の脚はがくがくと震え、動けなくなる。後ろにいたクラスメイトも腰が抜け、今度は自分が死ぬかもしれない不安から涙目で化け物を見上げていた。和貴も恐怖から身体が強張り動けずにいた。期末試験が化け物の登場で一気に地獄絵図に変わる。こんな光景を前にも見た気がする。記憶がフラッシュバックした。


「あ、あ……、兄ちゃ……っ!」


 目の前が真っ赤に染まる。震える両手へ視線を落とせば、血に染まった手。


(違う、違う、違う! 今いるのはビルの屋上! 兄ちゃんはもういない!)


 記憶を振り払うように何度も頭を左右に振り自分に言い聞かせる。


 ――兄はもう死んだのだから……と。


 切り替えてもう一度亘の方を見ると、亘が一枚の霊符を取り出していた。だが、他のとは明らかに異なり禍々しい気配を放っている。以前、実習の時に使用しようと取り出したところで渚杜から『その霊符、間違ってるぞ?』ほら、ここ。と間違いを指摘されたものだ。亘は『うるさい! 偉そうに言うな!』と激怒していた。渚杜が言うように間違っている物であれば、使用すれば亘の身に危険が及ぶ可能性が高い。そう判断した和貴がレッグポーチから霊符を取り出し、咒文を唱えようとしたが、先に亘が霊符を使ってしまった。


 霊符から黒い靄が出現し、亘ともう一人を包んだ。想定と違うことに戸惑いの声を上げたのは亘。靄を払おうと手を動かすが、靄から逃れることは出来ずそのまま化け物に喰われてしまった。絶望的な状況に和貴は膝から崩れ落ちた。


 (……ダメだ。もう、無理だろこれ……)


 『弥生家の恥じ』


 なじられながら水を掛けられる。反論することなく和貴は受け入れていた。事実だからだ。濡れたまま相手を見上げる。彼は弥生家次期当主。和貴を見下しながらさらに続けた。


 『お前が出来ることは何だ? 言ってみろ』


 『……』


 口を開かない和貴に男は舌打ちをする。


 『お前のような臆病者が出来ることは一つだろ。早く死ぬことだ。自害しろ、と言っているわけではない。任務中に事故死。そうだ、それがいい!』


 男は口角を上げ、和貴に命じた。


 『陰陽寮に入学するんだろ? そこで任務中に死ね。それがお前に出来る唯一の兄への罪滅ぼしだ』


 陰陽寮へ入学する前に浴びせられた言葉を思い出す。それは和貴に深く突き刺さった。


 (そうだ。俺は死ぬために入学したんだ……)


 それなのにいつの間にか死ぬことを後回しにしていた自分がいた。渚杜や綾音、黒緋と裏柳と出会って、渚杜から初めて”友達”と呼ばれて正直嬉しかった。今までそう言ってくれる人はいなかったから。もう少しだけ友達を続けていたい、そんな欲が生まれていた。それなのに、目の前ではクラスメイトが化け物に喰われている絶望的な状況。どう考えても死ねと言われているようにしか思えなかった。


 (罰が当たったのかな? でもさ、兄ちゃん……俺、もう少しだけ生きていたいんだ。……ダメかな)


 化け物が標的を和貴に定めて近づいてくる。和貴は脚に力を入れて立ち上がり、化け物を見据えた。祓うことは無理でも、時間を稼ぐことは出来る。その間に先生たちが気付いて助けに来てくれるかもしれない。


 (それに……あいつが来るかもしれない。なんて、そんな事あるわけないか)


 和貴は渚杜を思い浮かべて同じ学生に何助けを求めてるんだよ、自嘲気味に笑った。

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