元カノが放課後の教室で何やら俺のジャージの匂いを嗅いでいるところに遭遇してしまって超絶修羅場な件。

藍坂イツキ

第1章「起点」

第1話「元カノが俺の体育着をくんかくんかしてて修羅場な件」


 思えば歯車が壊れ始めたのはいつだろうか。


 あの日、くだらない喧嘩で別れてしまってから1カ月とちょっと。

 

 俺と彼女になんの接点もありはしなかった。


 すれ違うことすらもないし、鉢会うことだってない。


 きっと、俺は一生このやるせないモヤモヤ感を抱えて生きていくんだと思っていた。


 お互い、今は名も知らない将来を分かち合った恋人が出来て、結婚して、家庭を持って……そう思っていた。


 そう思っていて、実際のところそのはずだった。


 そう、それで終わりのはずだったのだ。



 しかし、





 なぜなら、今俺は。


 

 

 


 


 


 交差する視線。


 焦燥と羞恥。

 涙と汗。


 びっしょりと額から垂れた汗をぬぐいながら驚きで声すら出ない俺に。

 見られた恥ずかしさで動けなくなっている元カノ。


 時期は来た。


 そう、これが歯車の狂い。

 無視せざる修羅場さいかいの始まりだった。



 

――――――――――――――――――――――――――――――――――



 4月上旬のある日のこと。


「はぁ……」


 長い長い委員会が終わり、誰もいない夕暮れ時の放課後。

 疲れた肩をくねくねと回しながら俺は廊下を歩いていく。


 こうやって疲れた体で頑張り続けているのはいつからだろうか。


 いや、答えは明白か。


 忘れもしない3月7日。

 高校の新学期を目の前に、高校一年生がもうすぐ終わる別れの季節。


 いよいよ来年度からは高校生も本番。

 後輩が出来て、修学旅行があって、勉強にも専念しなくちゃいけなくなって――と考えることが山のように積み上がる。


 があったのはそんな時期だった。


 俺はその日、人生で初めてできた彼女にフラれたんだ。


 理由は些細なことだった。

 本当に小さなこと。

 もっと冷静になっていればあんなことで怒ることはなかった。


 怒らず、優しく諭してそれでハッピーエンドだったのに俺は彼女に突っかかったのだ。それがすべての始まりだった。


 本当に後悔の念が募る。


 ただ、いまさらそんなことを考えても遅い。

 あったことは書き換えれなくて、なかったことには出来なくて、もうそれがすべてだった。


 本当に人との関係は一瞬で、無くならないものだと思っていたものはひと時の気の迷いで崩壊する。


 それを知れたいい機会ではあった。


「——くそぉ、ほんと、俺はいつまで未練を持ち続けているのか」


 ため息が漏れる。

 誰もいない廊下で残る息は届かない。


 友達に癒してもらいたいところだが、俺には友達が少ない。

 今更後悔するとは思っていなかったし、彼女と一緒だからいらないとさえ思っていた。


 親友一人と彼女一人で俺は幸せだからとカッコつけていた。


 若かったよ、ほんとにな。


 みんなは失敗したか? 

 こんなことでさ?


 もしもないなら、気を付けてほしいな。

 ついていない先駆者からの言葉だ。受け取ってくれよい。


 廊下を歩いて、途中。

 俺はリュックの中に今日の授業で使った体育のジャージがないことに気が付いた。


「やべっ……教室に忘れたかな」


 こんな感傷に浸っている時に楽に帰れないとは―—やっぱり俺はついていないのかもしれない。


 そんな風に思いながら俺は自分の教室へ小走りで向かう。




 放課後の誰もいない廊下。

 沈みゆく太陽で蜜柑色に染まっている。


 普段なら外で練習している野球部やサッカー部の声が響くだけの閑散とした廊下なのだが、今日はまた一味違った。



「ん……ぁっ」



 女子の声……というか、吐息と言うか。

 話している声でもない。


 であれば、カップルだろうか。


 スリルと背徳感で燃え上がって学校でそういうことを致してしまう――何年後かには絶対後悔しそうなことをしているバカップルに違いない。


 はぁ、どうしたものか。


 待つって言っても早く帰りたいし、そんな奴らのために最近別れた俺が考える事でもない。


 っち、リア充爆発し上がれ。

 これだから恋愛はおもんないんじゃ。


 青春を楽しめない者が悲しくなる社会を作らないのが政府のやるべきことだろうってのに。


 とまぁ、俺の個人的な恨み辛みはなしにして、何食わぬ顔で素通りすればいいだろう。


 廊下を歩き、2年6組の教室へ向かっていく。


 1組、2組、3組……そうしてどんどんと近づいてく。


 しかし、バカップルの姿は見えない。


 もしかして、俺のクラスでやっているのだろうかと不安になりつつも歩みは止まらない。


 4組、5組を通り過ぎて、それでも彼らの姿は見えてこない。


 ふと立ち止まり、最悪を想定しつつ、意を決して6組の中へ入る。


「っぁ……ん……ぁんっ」


 明らかなる喘ぎ声。


「すぅ……んっ……ぅ」


 激しい吐息。


 耳を澄ませて視線を落とす。

 その声は近い。


 俺は悟った。


 これは……確実に6組でしている。

 ああは言ったがさすがに目を合わせるのは辛い。


 くそ、運がなさすぎる。

 なんで俺がこんな目に。


 しかし、教室に響く声は止まらない。


 俺が教室に入ってきたというのに止まらない。


 おかしいなと感じながらも自分の机まで歩いていく。


 すると——視界の端に女子のスカートが見えた。


「っ⁉」


 まさか、バカップル俺の机でやってるのか⁉

 さすがにしびれを切らし、怒鳴ってやろうと顔をあげる。


 しかし、が安直だったかもしれない。


 なぜなら、今、俺の目の先にいるのは————だったのだから。


 取りにきた俺の体育ジャージを乱暴に鼻に押し付けながら、スカートで隠れたその先に右手を押し付けてモジモジしている元カノがそこにはいた。


「えっ」

「あっ」


 見つめ合って絶句する俺と元カノ。

 やばい、声が出ない。

 明らかにヤバい状況なのに体は動かない。


 1秒、2秒、そして3秒と無言で見つめ合う元カップル。


 外から聞こえてくる野球部の声だけが響いて、やがて時間の感覚も分からなくなる。


「……ど、どうして」


 何十秒か経ってから口が開き、疑問を投げかけると元カノもビクンと肩を揺らす。


「ぇ……ぁ、ぇ……っ⁉」


 目を瞑って、身構える。


 そして、案の定。


「きゃああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼‼‼‼」



 叫び声が響き渡り、元カノは颯爽と走り去ってしまった。



 そう、この日。


 俺と元カノ、烏目雄太からすめゆうた鹿住時雨しかずみしぐれは1カ月の時を経て修羅場再会を果たしたのだった。

 


 




「お、俺のジャージ、返してくれないの……?」




【あとがき】


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