世界でただ一人、魔法が使えるのは頭が良くないあたしだけ
ちょうわ
目覚めの夢
01
あたしは自然の声が聞こえる。つまり、神様の声が聞こえる。
平和な日常を送っていた中学2年生の秋、体育祭の練習に疲れて、気を抜いたら立ち止まってしまいそうなほどボロボロになった心と戦いながら家まで歩いていたあの夕方。
空気はしんと静まり返って、空は今にも雨を零してしまうんじゃないかってくらい、重く重く、暗く黒い色をしていた。遠くで雷が鳴り、じわじわと息の詰まりそうな不安が心を侵食してくる。
あたしは雷が嫌いだ。打たれたら死ぬって、小さい頃――ただ本能的に死を怖がっていた頃に、深く植え付けられた恐怖心は懐柔されない。
誰だ、こんな時間まであたしを学校に縛り付けたのは。――自業自得か、あーあ。
もう誰もいない通学路、もし雷に打たれても救急車を呼んでくれる人は誰もいないぜ――なんて自分を嗤ってみる。
足が遅くてクラスに貢献できないなら、馬鹿みたいに大きい声を生かせる応援団に入ったらいいんじゃね、と言われて何も考えずへらへら頷いた過去の自分をぶん殴ってやりたい。
声は枯れた。水を飲んでも潤わない喉が呼吸を拒否するように、肺に空気が入らない。
疲れた、なぁ。
それでも止まることはない。家まで帰らないといけない。雷は怖い。だから帰る、家庭は温かいところではないけれど、安全ではあるから。
遠くがまた光った。
遅れて、音がやってくる。鼓膜に覆いかぶさるように、耳の空洞で音が弾かれ続けるように、残響が私の脳を引っ掻き回す。
また光る。音が増す。繰り返す、繰り返す。
もう限界だ。雷は嫌いだ、だいっきらいだ――。
「ばーかばーか」
むき出しの腕に雨粒が当たる。
「やめろ、雨ごときに私を馬鹿にする権利なんて――って、は?」
あまりにも自然に罵倒されたから、勢いのままに返事をしてしまった。
雨が降り出した。地面に当たって消える音が、繰り返される。――のが、普段のはず。
今日は?
おかしい、おかしい。
雨の音じゃない。――これは。
「わーい」
「ふってるよー」
「カミナリさまくるよー」
「どかーん!!」
光が落ちた。音も落ちる。
「もーいっぱついくよー」
「どかーん!!」
――これは、
雨が、しゃべっている。
雨はみるみる強くなり、全校生が一気に喋りだしたときのように辺りが騒がしくなっていった。
「うそ、でしょ」
うそじゃないよ、と騒ぎ立てる雨たち。
「ぼくたちの声が聞こえて話せるのはひさしぶりなんだって」
「今は、きみだけだよ――」
自分に都合のいい幻聴が聞こえるなんて早く帰って寝たいなぁ、って口をついた言葉に、返事が返ってくる。
「だめだよ、かえらないで」
「かえったら、ニンゲンがつくったものだらけになる」
そこで、ふと気づいた。
寒くない。雨が、冷たくない。
まるで水と馴染むことが当然なカエルのような。
息苦しさも、なくなった。
ゆっくりと落ちていく光と、辺りに留まる音が、当たり前のような、安心感。
雷も、怖くない。
「なんで――」
誰が言ったのかがなぜわかったのかもう検討もつかないけれど、ともかく、あれは、神様の声だった。
「あなたがしぜんになったから」
私は超常現象に遭った。これが、あの日の記憶。
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