第32話 この程度で済んだのは奇跡

「様をつけよ!無礼者!あの方はレディ・ユーティア!帝国の次期皇妃にしてリリアス家の御令嬢!そして帝国を導く「グラフの末の娘」たるぞ!」


「ユ、ユーティアが……」


「ユーティア様だっ!陛下、やはり首を落としましょう。このような者、奴隷にも必要ありませぬ!」


 衛兵の剣幕に、ミーアは震え上がり


「ひっ、ユ、ユーティア様っお許しくださいいいーーー!」


 反射的にだろうか、ガバリと土下座した。


「お前らもだっ!」


「な、なんで私までっ!ひっ!」


 マリーンさんも凄まれ、床に臥せる。


「わ、私はユーティアの父で……」


「黙れっ!」


「ひっ!」


 潰れたカエルを思い起こさせる元お父様。


「不快だ。連れて行け」


「はっ!」


 三人が連れ出されると、最初にシューが私の手を握ってくれた。


「頑張ったな」


「……ありがとう」


「もう二度と会いたくな」


 シューが庭先で臭い虫を摘んでしまった時より酷い顔をしていたので、思わずくすりと笑ってしまった。


「いくら平民出とは言え、あの様な人間がいるとは驚きです。あの娘、自分は可愛い可愛いとそればかりでしたが、可愛かったから何だと言うのでしょう」


 ローザンヌ様が理解できないと大きくため息をつかれました。


「自らに備わっている物が何もないのですよ。ただ男性に縋り、姉に縋り、家に縋る。だから自らの顔しか無かったのでしょう……その顔も無くなったらどうなるんでしょうね」


 フィル兄様が最後に呟いた一言は気になりますが、私とて他人事ではありません。グラフの指輪と「グラフの末の娘」。私自らが手に入れた物ではなく、お母様から譲り受けたもの。私自らが努力し手に入れたものではないのですから。


「大丈夫。そんな難しい顔をしなくても。ユーティアは素晴らしい女性だよ!ただうるさい貴族の連中を黙らせる為にちょこっとグラフ様の権威を借りただけさ。帝国の貴族ともなると数は多いし、うるさい狸ばかり」


「ユーティアを助けたかっただけですからね。シューならマシかと思いましたし。私にとっては皇帝の地位なんて別にどうでも良いんです。ユーティアにちょうど良さそうな男がたまたま王太子になっただけですから」


「リリアスにとっては皇帝はおまけに過ぎんのか」


 陛下が深いため息をついたのが、とても印象的でした。それでもフィル兄様もシューも笑っているから、私は前を向けるのです。



「はぁい、衛兵さん。そいつらがアタシらの可愛いユーティアちゃんを虐めた、バ家族?」


「おや?魔導士の方々。そうなんですよ、この娘が特に酷くてシューレウス様の事を第一王子と勘違いしていて滑稽でしたよ」


「はあ?!あのシュークリームは第一王子様じゃないの?!」


 衛兵と魔導士はミーアが喚く言葉に目を点にした。この教養の欠片もなさそうな娘は今なんといった?お互いに自分の耳のほうを疑ってしまう。


「シュークリーム……もしかしてこの馬鹿はシュー様の名前を知らないのかい?」


「そのようですね……それなのにユーティア様に代わり王太子の元に行こうとしていたらしいのです。荒唐無稽すぎてわれわらもどうして良いか分からなくなりましたよ」


 そんな魔導士と衛兵にミーアは喚き続ける。


「ミーアは可愛いのよ!可愛いから王太子様に愛してもらえるのは当然でしょう!あんなブスなユーティアは相応しくないわ!」


「黙れ!ユーティア様を侮辱するな」


「ひっ!あ、熱い!!」


 氷より冷たい魔導士の一声だがミーアの髪に火がついた。魔法で生み出された真っ赤な炎は燃え上がり、手入れが去れているミーアの自慢の髪の毛を焼いてゆく。


「グラフィル様からは嫌がらせ薬の『必ず毎朝おできが二つできる薬』をかけてやれと言われて来たけれど、こいつ我慢ならない!そんなヌルいしおきでいいはずがないッ」


「熱い!助けてぇーーー!」


「ひぃいいー!ミーアちゃん!」


「うわぁああ!」


 騒ぎ立てるだけの両親に泣き叫ぶミーア。自らの手にやけどを負ってまで助けたくないようで、燃えるに任せている。


「あー醜い!本当に醜い!」


 ぱしゃり、と魔導士がかけた液体で火は消えるが自慢の髪はかなり焼け焦げて無残な姿に変わった。


「ミーアちゃん!ミーアちゃんの可愛い顔に火傷が!貴方、どうしてくれるの?!」


「どうもせんが?平民が魔導士をどうこうできるとでも?馬鹿な女だ」


「全くですね。この王宮に足を踏み入れられただけで感謝すべきなのに、勘違いも甚だしい」


「そんな……」


 でもそれが王宮と言う場所だ。貴族でもリリアス家ほど地位が高ければ自由に出来るだろうが、それ以下のましてや他国の貴族と……貴族まがいの平民では扱いは天地ほどの開きがあって当然だ。


「男は一応貴族で、しかもユーティア様と一応血が繋がっているから一応帰してやれと言うことだ」


 一応、がうざったい位、ものすごくついている。


「ひっ、か、帰って宜しいのですか!?」


 チャールズはその言葉を聞き逃さなかった。


「ユーティア様が慈悲深くて良かったな!」


「は、はい!」


「女どもは城下にでも捨てておこう」


 ミーアを忘れて、マリーンは真っ青な顔で悲鳴を上げる。


「い、嫌よ!私も帰るわ!ね、あなた!私も帰れるわよね?!そしてまた侯爵家の一員として暮らしましょう、ね?!」


「え……」


 チャールズは魔導士と衛兵を交互に見る。目はとても冷たい、流石のチャールズもこれには気づいた。ここで間違えれば自分もただでは済まないことを。ユーティアの慈悲は血がつながった自分だからもらった慈悲だ。血のつながらない、しかも虐め続けてきたこの女どもを一緒にと言えば、その慈悲は粉々に砕けるだろう。

 愚鈍なチャールズなのに、この時ばかりは即決できた。命は一つしかないのだから。


「お、お前達は……き、貴族では、な、ない!知らん!お前達のような恥知らずは知らん!大体私は帝国へ来ることなど反対だったのだ!ユーティアが掴んだ幸せを壊すような真似を何故平気でできる?!お前達はユーティアの母でも妹でもない!ましてや、ワシの妻でも娘でもない!」


「ひ、酷い!チャールズ様裏切るの?!」


「し、知らん!知らん!ワシの妻は死んだユリアデットだけだ!お前らなど知らん!!」


「う、嘘でしょう?!」


 魔導士と衛兵が覚めた顔で見る中、知らん知らんを繰り返し、チャールズ・ラングは乗って来た馬車に一人で乗り込み、帰って行った。


 国に帰っても針の筵しかないのだが、それでも帝国にいるよりマシだとチャールズは思ったのだ。

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