第7話 小夏の記憶。

俺には訳がわからなかった。

でも小夏が嘘をついていないというのはわかる。

俺ならこんな嘘はつかない。

小夏は俺によく似ている。


だから嘘ではない。

俺がそんな事を思っていると小夏が口を開く。


「冬音くんは過去に戻って人生をやり直す話って知ってる?最近漫画とかに多いんだよ」

「何個かは読んだ事がある。弱い主人公が過去に戻ってやり直せて未来の記憶を持っているから強敵が来る前に鍛えられて順調に人生をやり直すやつだよね」

頷いて小夏は「多分私はそれ」と言う。


「小夏さんは未来から来たの?」

「ううん。私は違うよ。多分戻ったのはパパ。ここは日向 豊がやり直した世界だと思ってる」


「父さん…」

俺は小夏の話を聞きながら父さんの顔を思い浮かべる。

そして父さんと出かけた場所や過ごした日々を思い出す。


小夏は悲しそうに「冬音くん。パパは…冬音くんの中に居る思い出のパパは笑ってる?」と聞いてくる。


一緒に行った海もプールもスキーもお正月も全部笑っていた。なので「うん」と答えると即答で「私のパパは泣いていた」と言われた。


「泣いていた?」

「うん。冬音くん、パパの大事なものと嫌なものを知ってる?」


「大事なものは家族。嫌なものは泣いている人」

「そう。パパのお父さん…私達のお爺ちゃんはパパが小学生の時に病気で亡くなった。お婆ちゃんと周りの人達に助けられてきたから家族を大事にしてる」



本当に小夏の父親は父さんなんだ。

全く同じだった。


「だから自分の家族を持って大切にしたいって」

「うん。言ってたよ。そして人が泣くのは見たくないから我慢をする。人を泣かさないように慎重になるって母さんから聞いた」


「冬音くんのお母さんから……私のママは何も教えてくれない…多分何も知らないの」

「小夏さんのお母さん?」


「パパはママに愛されていなかった。だから毎日泣いていた。なのにパパの口癖は「小夏、ごめんね。パパが悪いんだ。でも小夏が結婚するまでは頑張るから大丈夫だよ」でママの口癖は「あー、離婚したい」だったの」


父さんが泣いている?

想像し難い事に俺は言葉を失ってしまう。

小夏はこの間も涙を流しながら話を続ける。


「ママは人の話は聞かないで自分語りが好きな癖に話すのは愚痴や自慢話ばかり、嫌なら行かなきゃ良いのにパートに出てそのパートの愚痴や自慢話ばかり、過去の話なんて聞いたこともない。それを気にしてパパはママの分までなんでも話してくれた」


小夏の気持ちが伝わってくる。

母親の話をする時は本当に嫌そうに話し、父さんの話をする時は悲しそうな申し訳なさそうな顔をする。


「パート?うちの母さんは働いてないよ。小夏さんの父さんは仕事が違うのかな?」

「ううん… 。前に…終業式の日に見かけた冬音くんといるパパの荷物は同じだったからきっと仕事も変わってない。本当ならママは働かなくていいのに働くの。それは離婚した後で楽な暮らしをする為だと思ってる。パパのお金も自分のものにして自分のお金も自分のものにする。そんな人」


「父さんはそれで泣いていた?」

「うん。終業式の夜に冬音くんとパパを見た時…悲しかった。冬音くんを見て自分があの場所に居ない事が悲しくて憎らしくて、あれがパパがやりたかった事なんだって思ったらママが憎らしく思った。あれ、一学期を頑張ったご褒美デーだよね?パパは頑張った私に何かご褒美でご飯を食べさせてあげたいって言ってくれたけどママは学校なんて行くのが当たり前、外食なんて勿体無いって言うからパパが少ないお小遣いを貯めて私にだけご褒美ご飯をくれるの。ハンバーガーの時もあるけどパパが用意してくれるから嬉しくて、2人で散歩に出かけてハンバーガーを買って公園で半分こして一緒に食べようって言うとパパは「全部小夏のご褒美だから食べて。心配させてごめんね」って泣いて謝るんだ」


聞いていて辛かった。


「それで?」

「私は家のお金を全部自分のものにして「私はいいんだ」って言うママが嫌で、家のお金でお酒を飲みに行って居ない時にパパに離婚してって勧めるけどパパはダメだよって言うの。泣いて我慢をする」


いくら父さんでもそこまで虐げられれば黙っていないと俺は思い「いくらなんでも父さんが我慢するからってそこまで…」と口を挟むと小夏は「青海のお婆ちゃん達はパパを虐めたから…」と申し訳なさそうに言った。


「は?」

「小学生からだけど片親で育ったパパはろくな人間じゃない。ママと結婚できて良かったなってよく虐めていたの。パパは将来私がそんな事を言われないように、片親の父親を持った娘まで片親だって結婚をする時に悪く言われない為にって我慢してくれているの」


俺には信じられない事の連続だった。

小夏の作り話には到底思えない声と顔。

小夏はまだ言葉を続けた。


「ママの明子は、飽きっぽいから明子なんじゃないかって私は思ってた。ママはすぐに大好きなテレビに感化される。不倫のドラマを観たら不倫に憧れる。もしかしたらドラマの間と後には彼氏がいたかも知れない。料理のドラマを観た日は誰も食べないような外国の凝った料理を作ったりもした。パパと付き合った日は恋愛ドラマを観たんじゃないかな?だから結婚して私を産んだら「もういい、もうやることはやった、離婚したい」になった。

しかも男親に育児は無理とか決めつけて私を引き取るって言うの。パパはあんな青海の家で私を育てることもママがやり切れるとも思わなかったから離婚はしないと頑張ってくれた」


「小夏さん…」

「これはまだ導入。私が幽霊になった話はまだだよね」


そう、これはまだ父さんの話でしかない。

俺はそんな事にも気づかなかった。

「あ…」と言う俺に小夏は「私の生きた街もここ。生きた時間は同じなのかな?クラスには晴子も小次郎君も居た。居ないのは冬音くんだけ。逆に冬音くんの世界にも私は居なかったよね?」と聞いてきた。



「うん。熱を出して休んだ後で学校に行ったら机が増えててそれが小夏さんの席だった」

「うん。私も同じ、学校に行ったら冬音くんの席があって…私は日向じゃなくて青海になってた」


だから小夏は俺を知らなかった。

あの日小次郎が言っていた言葉の意味が分かった。


「何があったの?」

「大雨の日、私達が会う1週間前。晴子に聞いたらこっちでも大雨だったって。予報より数時間早く降ったあの大雨の夜、ママはパート先で飲み会。私は塾。パパは夕飯を用意してくれた後で折り畳み傘しか持っていない私の為に車を出して迎えに来てくれたの。その帰り、暗がりから飛び出してきた車がウチの車にぶつかってきた。

びっくりした時はガシャンという音と衝撃。

痛みと目の前でぐちゃぐちゃになる塾カバンが見えた。

次に気がついたら病院にいた。身体中が痛くて色んな機械に繋がってた。

看護師さん達を呼びたいのに声が出せないの。誰も気が付いた私に気付いてくれない。それで聞こえてきた声は「2人とも危ない。父親の方があの状況で娘を庇ったから娘の方が数時間は長く生きられるだろう。だが父親はもう無理だ」で、絶望した。

そのまま数時間、寝てるのか起きているのかわからなかった。機械の音、ピッピっていう音なんかが聞こえてきて、ずっと待っていたけどやっぱりママは来なかった。

それで眠って目を開けたら朝だった」


「朝?」

「うん。自分のベッドの中に居て、あれは夢だったのかな?と思って起きようとしたけど身体が動かない。夢を見てるみたいな感覚、自分の意思とは無関係に起きた私は動けない。その中でも家中見回したんだけど家にはパパもママも居ないの。でもパンとお茶の朝ごはんはあってそれを食べて学校に行くと日向 小夏ではなく青海 小夏だった。

そして前の席の子の名前は日向 冬音」


「だから小夏さんは自分を幽霊だと思ったの?」

「うん。不思議なの。晴子達といる時は夢を見ているみたいに自分の意思で動けないし、学校から気付くと家に居て宿題したりしているの。でも近くに冬音くんが居ると動けていて話もできる」


その事から小夏はここが、父さんのやり直した世界だと思っていた。


「だからここは父さんのやり直した世界?」

「うん。すぐに私はパパがやり直した世界に迷い込んだだけなのかもって思ったの。17年前、ママと結婚をする前、出会う時にママではなく冬音くんのママを選んだ世界」


話が終わる頃には花火は終わっていて小次郎からのメッセージが着ていた。

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