キャッチボールクラブ

高里 嶺

キャッチボールクラブ

 パシッと小気味良い音がグローブの間を往復する。二人は十五メートルほど離れて、黙々とボールを投げては取る動作を繰り返していた。

 不意に大きな山なりのボールが来て、北村は数歩下がってそれを取る。それなら、とこちらも高い軌道の球を投げてやる。次は完全にフライ級のボールが来た。こちらも思い切り高く投げてやる。「ちょっ、でかいって」と叫んだ佐田が、頭上を越えていった球を取りに走った。すまん、と北村が叫ぶとボールに追いついた佐田が休憩!と叫び返した。二人は自販機でジュースを買い、土手に腰を下ろす。グローブから手を抜くと、汗ばんだ手に風が当たり心地良かった。

 目の前には川が流れ、遠い対岸には釣り人が見える。他には誰も居らず、広々とした河川敷の広場は貸し切り状態だ。あまりにも長閑な春だった。


「暇だね」佐田が呟く。

「だな」北村はサイダーを飲んだ。

「キャッチボール仲間、もう一人くらいほしいね」

「まあアリだな」

「三角形でやってもいいし、最低限二人いればいつも遅刻する誰かを待たなくていい」佐田がニヤリと笑い、北村はそっぽを向いた。

「……そうだな」

「例えば、二十人とか集まったらどうする」

「そりゃもう野球できるじゃん。二チームに分かれて試合を……うーん、いや、どうかな」

「うん、俺も試合してみたいけど、グローブ以外の道具持ってないし、何より細かいルール知らないんだよね。別に野球がめっちゃ好きって訳でもないし」

「グローブがあったからキャッチボールしてるだけだもんな」

「そうそう」

「二十人が並んでキャッチボールしてたら、それはもう部活だよな」

「そうだね。でも練習メニューのひとつって訳でもなく、ただキャッチボールが目的だったら面白いね」

「わざわざ大勢で河原に集まって、ひたすら二人組に分かれてキャッチボールするだけで、みんな満足したら解散する、それって謎だけどいい集まりだな。俺も純粋にキャッチボールをしたい」

「サークル名はどうする」

「そのまんま、『キャッチボールクラブ』だろ」

「まあそうなるよね」

「百人とか集まったらどうなるんだろ」

「凄いことになりそう」

「五十人と五十人が向き合って球を投げ合ってたら、壮観だな」

「ギネス記録とか狙いたいね」

「この際一千人くらい並べようぜ」

「二人ずつの向かい合わせが五百組か……。三メートル間隔として、横に並べたら千五百メートルだ。一キロ超えてる」

「テレビとか絶対取材に来るよな。新聞にも載る」

「主催の俺らに記者が『どういった主旨のイベントですか』とか聞くんだろうね。で、俺らは答える」

「『ただキャッチボールをしてるだけです』ってな」

 しばらくの間、二人は黙って千人のキャッチボールを想像した。日曜の午後とかに、子供から年寄りまで、たくさんの人がグローブを持って河原に集まり、和気藹々と球を投げ合う。それぞれのフォームで投げられる、五百個の白い球が長い二列の間を飛び交う。一時間くらいしてクラブの活動が終わると、みんなバラバラと家に帰っていく。どの顔も充実感に溢れている、そんな気がした。


「なんかそれ、いいかもな」北村が言った。

「やりたいな、千人のキャッチボール」佐田が笑う。

「とりあえずは、もうちょい二人でやってくか」北村が立ち上がると、佐田も空き缶を捨ててグローブをはめた。

「やろう」


 穏やかな春の日差しの中、二人のキャッチボールは続いた。

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キャッチボールクラブ 高里 嶺 @rei_takasato

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