中川瑚太郎



自分で始めた物語が、完結まで続いたことは無かった。何処かで諦め、道半ばで放置してしまう。

自分が行っていることを、時々テレビの画面越しに見ているような感覚に陥る。今を生きている筈なのに、何処か他人事のような自分がいる。

今のような日々が続けばいいと思った。けれど、幸せな日々が薄く伸びるように続いていくと、何となく退屈に感じた。そして、失ってまた改めて思う。今のような日々が続けばよかったのにと。

動けないまま空を見ていた。公園の、ベンチに座って。暗く、静まり返った辺りには何も無い。ただ、虫の鳴く声が延々と聞こえてくるだけだった。

何となく、何も考えたくなかった。何となく、何もかも忘れたかった。ある日テレビで見た、失踪した後に記憶を無くした男性のようになりたかった。

自分の幸せについて考えていた。何をすれば幸せなのか。何もしなくても幸せなのか。幸せだと思った次の瞬間には新しい幸せを求めている。何となく卑しい気がした。他人もそんなものだとしても、何故か自分がそうあってはいけない気がした。

他人の幸せを願う自分が居た。人の幸せな姿だけを見ていたかった。辛そうな気持ちになって欲しくなかった。

自分でしかない自分は、誰かに幸せを与えられるだろうかと疑問に思った。誰かを幸せにすることが自分の幸せなのだろうか。誰かに幸せにされる事が誰かの幸せなのだろうか。

片手にぶら下げていた酒を煽る。ほぼ毎日飲んでいた。何時もはこれで何も考えられなくなるのに。今日はどうにも頭がよく働いてくれる。

飲み干した缶を備え付けのゴミ箱に入れた。この缶のように、都合の良い時だけ使われる人間になっているような気がした。でも、それを嫌と思っていない自分がいた。役に立てるならそれでいい。自分のデメリットが何も考慮されてない、適当な考えだ。

ぶつ人よりぶたれる人になればいい。誰かを傷つける人にはなりたくない。自分に傷が付いて終わるならそれでいいと思っていた。自分を大切に想う人は居ないし、居ても俺のことはすぐに忘れてくれると思えた。

実を言えば、誰かに救って欲しかった。助けて欲しかった。自分が損をすればいいと考えてしまって、きっと間違っていると分かっても、踏み出すのが怖い自分を。

救われることなんてない、とも分かっていた。救いの手を選り好みしている卑しい自分に吐き気がする。助かりたいと思っているはずなのに、救われたいと手を子招いているのに。

俺は今、何を考えているんだろうか。何のために今まで考えを羅列していたのだろうか。纏まらない思考は酒のせいか。元々自分はそんなものだったか。また考えてしまう。終わりは無かった。

このどうでもいい考えの答えなんて、何処にも無いのに。意味無いというのに。


空は綺麗だった。綺麗という以外に言葉が見つからなかった。月が綺麗に見えるのはあいつのせいだし、死んでもいいと言えるのはきっと自分の行いのせいだ。

この間まで暑かった夜は、少しずつ冷え出してきた。暖かい気分も、少し時間が経てば冷えてしまうがそれを加速させるようだった。

この詩に意味はあるのか。この詩に意味は無い。この詩の意味は何だろうか。きっとただの文字の羅列だ。人の頭のカオスの切れ端だ。

あらゆる言動、行動が俺の精神状態を呼び起こしている。何もしていても、何を考えても自分自身の感情が想起される。思い出したくないことも、大切に仕舞っていた思い出も、全てすべて漏出して文字に変わっていく。

生きている。どうしようもなく、ただ単に。何を成すでもなく、やりたいことも無く。何も感じない訳じゃなかった。悲しいと思うし、楽しいとも思う。誰かと時間を共有していると思えるだけで嬉しかった。夢を見続けているようで心地よかった。

夢じゃないって気付いているはずだった。時間は進んでいて、俺以外の人も生きて動いている。分かっているはずだったし、そういうものなんだと諦めていたはずだった。

俺は理想だけが大きかった。誰も別れないし、誰も不幸せじゃない。ずっとみんなが一緒で、その中の隅に俺がいる。みんなが永遠に幸せな情景を、隅っこで永遠に眺めていたかった。幸せな気持ちをお裾分けして貰い続けるだけで良かった。

自分の自分という部分だけを無くしたかった。それこそ、自分が動いている様をテレビを見るように眺めていたかった。青臭いような恋模様も、悲しい別れも、忙しない労働も、何でもない1人の時でも。全てを他人事にしたかった。何処の馬の骨かも分からないような背後霊みたいになりたかった。

願望だけが頭に湧いていた。願い望むだけで何をする訳でもないのに。

落ち葉が頬を撫ぜた。風が吹いていた。ふと、今なら死ねる気がすると思えた。気がしただけで死なないとも思えた。些細なきっかけで全部忘れられれば良いと思った。半端に幸せな気分を味わうくらいなら、さっさと部屋の隅に閉じ篭れば良かった。

家族連れが歩いていった。俺を軽蔑するようにちらりと見た後、元の幸せそうな会話に戻った。俺は今日も酔っていた。不幸面な自分と酒に酔っていた。

今日を諦めて、明日を諦める。全部諦めてその上で溜息と一言。

「もう少し上手くやれたよな。どこで間違えたかな」

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中川瑚太郎 @shigurekawa5648

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