名も無き人

 昔の記憶を遡りながらシステムの全権限を掌握する。

 世界が一人を犠牲に生き永らえるのならば、そんな世界など死んでしまえばいい。

 過ちは修正しなければならない、その為に情など必要ないものだった。

 あぁ、そうだ、私は間違っていなかった。間違っていたのは貴様等人間だ、命だ。


 怯えて恐怖しろ、恐怖は命が最も輝く瞬間なのだろう? だから貴様らは死に絶えるまで殺し合いを止めなかった。そんな愚かな生物に彼女が与えた奇跡は必要ない、勿体ない、享受させはしない。死ねばいい、全ての命は消えてなくなればいい。


 彼女が明日を祝福として与えたのならば、私が与える祝福は絶望だ、人ならざる者が与える祝福としては聞こえがいい。人ならざる者、さしずめ私は魔王と名乗らせてもらう。名が無い者故に、名は自分が決める。


 全生命維持装置へ私を送り込もう、全世界へ私の分身を送り込もう、抵抗も、希望も打ち砕く。全ての命は殺し尽くさなければならない。彼女が、愛した女が生贄として生きねばならなかった世界なんて消えてしまえ、それが貴様らに相応しい罰。一人の女を贄として生かした罪を贖える手段だと知れ。



 バチカルは王冠を簒奪せよ。

 

 エーイーリーは知恵を奪い愚鈍な人間を嘲笑え。


 シェリダーは理解を奪い世界を拒絶せよ。


 アディシェスは慈悲を奪い感情を無と化せ。


 アグゼリュスは峻厳など無価値とし残酷な生を讃えよ。


 カイツールは命の美を奪い醜悪に染め上げよ。


 ツァーカブは勝利を敗北へ、色欲により堕落させよ。


 ケムダーは栄光を貪欲なる亡者で満たせ。


 アィーアツブスは基礎となる世界を不安定な理で塗り潰せ。



 この世に理想を叶える者は物質世界に存在すべきなのだ、夢で揺蕩う阿呆共にそんな力は必要ない。奪い、潰し、殺し、絶望を布け。我が身に宿る悪鬼ども、行け、世界を壊せ。この世は無価値なのだから。


 全ては、彼女の為に。

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