5節「鏡の騎士」

5節「鏡の騎士」

 

 大后はライズフェルド卿やリュスタル卿をはじめとした臣下や親しいものを集め騎士シュピーゲルと引接させた。王の冒険をその目に刻んだ者やその神秘を聞いたことのある者は皆、鏡より召喚されし騎士に驚くことも審議を問うこともしなかった。


 鏡の騎士の処遇について大后は、王と契約を交わした以上はその相応の役職として務めるに値するとして近衛騎士に命じた。そこでリュスタルはその地位に相応しいか否か見極めんが為、模擬戦にて鏡より来たりし騎士の実力を確かめることを提案した。シュピーゲルは此れを承諾し、翌日リュスタル卿は配下の中で腕が確かな騎士を見繕い、模擬戦を決行した。


 翌日、設けられた場には王を抱いた大后とリュスタル卿をはじめとする重臣数名と城に詰める騎士と兵士が十数名集まっていた。リュスタル卿が対戦相手となる騎士の名を呼び、それぞれが前へと出ると互いに礼をする。リュスタル卿が対戦内容を述べると、いよいよ模擬戦が開始となった。


 対戦内容は槍を用いた馬上戦と任意の得物で行う徒での戦いによって勝敗をつけるというものであった。借り馬に城に備えてあった槍と剣を用いたシュピーゲルあったが、馬上戦でも徒での戦いのいずれにおいても騎士たちはシュピーゲル卿に敵うことはなく、次々と敗れていった。


「見事、さすがは王と契約に値する騎士だ。どれ、私もそのお手並みを直接問うとしよう」


リュスタル卿は感心した様子でそう言うと。シュピーゲル卿に模擬戦を申し出た。


「ヴェーグ王と共に深淵を切り拓いた騎士、斬闢のリュスタル。あなたと剣を交わす事ができるとは光栄です。ええ、是非、手合わせ願いたい」


 シュピーゲル卿もそれに応じて引き続き模擬戦が開始された。

 

 馬上試合では決着がつかず、お互い剣での試合にもつれ込むも、幾度剣をぶつけ合おうともなかなかに決着はつかなかった。その攻防は西の空が赤紫に染まりそしてそれに濃紺が覆いかぶさってもなお続いた。王大后が騎士に目配せし「それまで」との声が挙がり漸くその鮮烈な試合は終了と相成った。


 試合が終わると同時に重臣や騎士、いつの間にか増えていた兵士や使用人などの見物人から喝采があがった。


「あのリュスタル卿と渡り合う騎士がいたとは」


「見かけぬ騎士だが、一体どこの者だ」


「リュスタル卿が手心を加えたに違いない、きっとそうだ」


その様な声が歓声に混ざる中、大后は王を抱き2人を連れてその場をあとにした──。


 やがてフィシュカ大后は世話係に王を預け、人払いされた間へと赴いて鏡の騎士とリュスタル卿を招き入れると席へと着いた。


「鏡より来たりし契約の騎士。その実力を見てどうですか」


 大后がリュスタル卿にそう尋ねると


「畏れながら大后陛下、私が推薦した騎士は腕の立つ者ばかり、並の騎士では敵うものではありますまい。そして何より私自身がその槍と剣を受けてわかりました。この者は王の守護に値すると」


 そう言うと鏡の騎士は「お褒めに預かり光栄です。現界早々に良い経験をさせて戴きました」と頭を下げる。リュスタル卿は周囲を一瞥し深く呼吸をすると


「実はもう体力が底を尽きかけていてな、もう椅子から立ち上がりたくないほどだ。手足も痺れている」と小声でそう言って微笑んだ。


「老いが来ましたかリュスタル卿」などと大后も冗談めいた口調で笑いあうと一呼吸おいて


「よくわかりました。では鏡の騎士よ、卿の実力、先の戦いぶりとリュスタル卿の言葉を以て卿を正式に王の契約者、その守護者足る騎士として認めましょう。良い戦いでした」


大后はそう告げると同時に労うと


「勿体なきお言葉」と鏡の騎士は微笑みそして頭を下げた


大后は小さく頷き


「早速部屋を用意させましょう。何か入用あれば使用人に伝えなさい。それと、この後晩餐には参ずるように。卿の話を聞きたく思います」

二人にこの後の晩餐に参ずるよう令し、そして三日後には叙任式が行われる旨を伝えて大后は部屋をあとにした。


 部屋に残った二人は跪いて大后を見送り、扉が閉じきると立ち上がった。

リュスタル卿が感慨深そうな面持ちで口を開く


「模擬戦とはいえ決闘なんてものは久しぶりだった。心地よい戦いに感謝する。戰場


とはまた違う騎士の本懐を思い出した気がするよ」


「彼のリュスタル卿にそう言って頂けるとは嬉しい限りです」鏡の騎士はにこやかに

返答する。


「どうだ、晩餐の後に、少し話をきかせてくれまいか、良い酒を馳走しよう」


「ええ、勿論です。私の方こそ、是非その武勇伺いしたい」


そう言葉を交わして二人も部屋をあとにした。


──。


────。

 鏡の騎士を饗す晩餐を終えた鏡の騎士とリュスタル卿は城壁の上に作られた小さなテラスに居た。

「この時機は風も澄んでいてな、部屋で飲むよりも心地よかろう。おまけに此処であれば、月も近い」

二人は椅子に腰掛けると酒を酌み交わし語らいを始める。


「実に興味深いな、鏡の彼方から召喚されし騎士か。おまけに此方の情報は概ね知っているときている」


「召喚されるにあたって無知では役に立ちませんからね、ですが全知というものでもありません。召喚者と周囲の一定の共通知識から導き出される程度のものです」


「それで私が彼の英雄リュスタルか、有り難くも大袈裟な話だな」


お互いに先の戦いを称え合い、そしてリュスタル卿はヴェーグ王や今や大后となったフィシュカと歩んだ冒険の記憶を語った。


「ああ、そういえば、だ」


ひとしきり話し終えたところでリュスタル卿は思い出したように


「卿、手を抜いたな?」


そう悪戯な表情で杯を鏡の騎士へと向けた。


「まさか、とんでもない」


という鏡の騎士の言葉を待たずしてリュスタル卿は続ける。


「聞き方が悪かったな。貴卿の質は剣から伝わってくる。手加減をしたわけでもなければ私を侮ったりしたわけでもないだろう。だが、その力の全てを出したわけでもあるまい」


リュスタル卿は杯の酒を含みゆっくりと喉に通す。

 「人智を超えた竜の紋と詠唱より召喚されし鏡の騎士の力、その程度ではあるまいよ」


 彼の偉大な王に深淵まで付き従った騎士はそう断言して静かに杯を机に置いて鏡の騎士を見据えた。


 鏡の騎士はしばらく黙すると静かに口を開く


「我が剣技に偽りはありません。ましてや相対する者を侮るなど以ての外。リュスタ

ル卿であれば尚更です。ですが、ええ、我が剣も私が持つ権能のその一切も用いていません。しかしそれは、私がひとりの騎士として貴卿と真っ向より剣を交えたいと思ってこそのこと、それこそが我が矜持。確かに、我が剣を用いなかった非礼はお詫び致します。また機会に恵まれましたら我が剣にて全力を尽くしましょう。そして先程は秘匿せしこの力、必要となるときに戰場にて存分にご覧にいれましょう」


 そう言って空に手をかざすとわずかにその角に明かりが灯り何もなかった空間に一枚の縁のない透明な鏡が浮かび上がっていた。

 

 リュスタル卿はそれを見て一瞬目を丸くして、その直後に「面白い。ああ、面白い騎士と出会った。奇跡とは幾度と巡ってくるものか」と鏡の騎士に酒を注ぐと鏡の騎士もまたリュスタル卿の空いた杯に酒を注いだ。


「実はな、私も得物と業を出さなんだ」


 リュスタルは悪戯な笑顔をシュピーゲル卿へ向けた。

 

 秋風が心地良い、月が美しい夜のことであった。

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