✳エド戦記✳【黒の執行者】

あんせる

第一章︰手に取る少女

第1話︰悪魔の囁き

「シファ!!逃げてッ!!私はいいからッ!!」



お姉ちゃんが私に向けて手を伸ばし、そう叫ぶ。


村は燃え、住民が逃げ惑う。剣を持った軍人達が、容赦無く住民の身体を切り裂いてゆく。


大好きだった村が破壊される、私の思い出が、気持ちが、踏みにじられている。


どうしてこんな事になったのだろう、極限状態、自分の命が危険に晒されている中、私は思い返して見る事にした。










「ふぅ…やっと集まった…」


私の名前は「シファンナ・アンラン」今年で14歳になる。

この自然豊かな村と、たった一人で私を育ててくれたお姉ちゃんを心の底から愛している。

お父さんとお母さんは私が産まれてから直ぐに戦争で亡くなってしまったらしい…だから、私の家族はたった一人…


「おっ…シファ!!薬草集めは終わった?」


彼女の名前は「エセル・アンラン」私のたった一人の家族。

明るい表情で私の元に向かって来る、木こりの仕事の帰りだろうか、いつ見ても素敵な人...私の姉であると同時に、私が最も憧れている人物でもある。


「うん…終わっ…けほっけほっ...」


唐突に呼吸が苦しくなり、薬草を集めていた袋を地面に落としてしまい、咳をする。


私は身体が貧弱で、あまり身体を動かす事が出来ない、だから普段は薬草を集め、お金を稼いでいる。

稼いでいると言っても、金額はお姉ちゃんと比べ物にならない程微々たるものだが...


「シファ...大丈夫...?」


お姉ちゃんが左手で私の背中をさすってくれている...ふと右手を見ると、黒い本を手に持っているのが分かった。

何故だか禍々しいオーラを感じる、一体アレは何なのだろうか...


「お姉ちゃん...その本って...」

「あ...これ?道に落ちてたのよ、気になったから拾ってきたの、けど...見てこれ、中身、な~んにも書かれてないのよ。」


お姉ちゃんが本を開くと、中は空白そのもの、文字は何も書かれておらず、所々ページが破れている。


「さ、もう夜よ、そろそろ帰りましょ?」


お姉ちゃんが私に手を差し伸べ、それを握る、暖かい手、握っていると安心する...大好きなお姉ちゃんと、大好きなこの村、幸せな生活が一生続くと思っていた...この時までは。






「おい!!開けろ!!開けないか!!」


夜遅く、何者かが家を荒々しく尋ねてきた。

客人では無さそうだ、窓から覗いてみると、軍服を着ている...どうやら、軍人の様だ。


「はい...何か御用でしょうか...?」


お姉ちゃんが恐る恐る扉を開ける。


「住民は全員広場に集合せよ!!老人も子供も一人残らずだ!!いいな!!」


こんな夜遅くに一体何も始める気なのだろうか、逆らう訳にもいかないので、私とお姉ちゃんは軍人に連れられ、広場へと連行される。


広場には村の住民達が集められており、座らせられている。


暫くすると軍人が集まり出し、軍人の先頭に、ピエロの様な顔をした男が現れる、アレが恐らく、この軍の団長なのだろう。


「オホホ!!よぉく集まってくれたわね!!」

「私の名前は【ピエトロ】唐突だけれども...」


「この村の物資は全て私達が徴収させてもらうわッ!!」


住民が一斉にザワつき出す、当然だ、そんな事をされてしまえば、私達は生きていけない。


「こ...困りますッ!!」


村の村長が勇敢に立ち上がり、ピエトロに抗議する。


「物資の納品予定は来月です!!それに...物資を全て奪われては...私達は生きていけませんッ!!」


「うふふ♪そうよねぇ...」


その瞬間、ピエトロの右手が素早く動き、腰に装着していた剣を一瞬で抜刀した、抜刀された剣は、物凄い速さで、村長の首を通過し、村長の首を一刀両断する。


「い...いやぁぁぁッ!!!」


その残虐な行為を目の当たりにして、住民達が悲鳴をあげる。


「ふふ♪私達は【東の国】とこれから戦争するのよ...♪その為、一刻も早く物資を徴収する必要があるの...♪」

「国の命令に逆らう悪い子にはおしおきね...♪」


パチンとピエトロが指を鳴らすと、軍人達が剣を抜き、無抵抗な住民達に襲いかかる。


人々の悲鳴が響き渡る、軍人達が容赦無く住民の身体を切り裂いてゆく、人々の悲鳴で耳が痛い、唐突な出来事で何も考えられない。


恐怖で身体が動かない、足がすくむ、呼吸が荒くなる、頭の中を恐怖で満たされた私は、背後に居る剣を抜いた軍人の存在に気付けなかった。


「危ないッ!!!」


お姉ちゃんが咄嗟に私に覆いかぶさり、無慈悲な剣がお姉ちゃんの身体を切り裂く。


「ああ゛ッ!!」

「お...お姉ちゃんッ!!」


お姉ちゃんが最期の力を振り絞って、私を向こうへ投げ飛ばす。


「シファ!!逃げてッ!!私はいいからッ!!」


お姉ちゃんがそう叫んだ瞬間、軍人の剣がゆっくり、奥深くまで、お姉ちゃんの首を剣で突き刺す。

お姉ちゃんの目から徐々に生気が無くなってゆき、大量の血が流れ出る。



「シファ...愛して......る...」



それがお姉ちゃんの最期の言葉だった。












「...嫌だ..いやぁッ...いやぁぁぁ゛ぁ゛!!」










苦しい、嫌だ、お姉ちゃんが居ない世界なんて興味が無い。

私はお姉ちゃんが居なくなった悲しみと同時に、この世界に絶望し、生きる気力も無くなってしまった。

決めた、ここで死のう、私にとってお姉ちゃんという存在は大き過ぎた。


家が燃えている、あの炎の中に飛び込もう、そうすれば死ねる、お姉ちゃんに会える、そう思った瞬間の出来事だった。



...私の足元に黒い本がある、お姉ちゃんが持っていた黒い本だ、何故だろう、何かに引き寄せられるように、私はその本を手に取った。






















「...ふぅ♪全員始末したわね...お掃除かんりょ...ん?」

「あら♪女の子がまだ一人残ってるわよ♪誰か片付けなさい♪」


ピエトロの命令を聞き取り、二人の軍人がシファンナの前に立ちはだかる。


「悪ぃな、嬢ちゃん、命令なんだ。」


右にいた軍人が剣を抜き、シファンナに振り下ろす、その瞬間。



ズバァンッ!!



「...は?」


生々しい音と共に、剣を持っていた軍人の手が吹き飛ばされる。


「ぎ...ぎゃぁぁぁ!!!」


シファンナが軍人達の目の前から消え、背後に現れた瞬間、凄まじい回し蹴りで軍人の頭を粉々に破壊する。


「な...こ、このぉッ!!!」


もう一人の軍人がシファンナを斬ろうと剣に手をかけるが、抜刀する前に腕をシファンナに折られ、地面に這いつくばり、痛みに悶絶している所を、頭を踏み潰される。


「こ...この女...まさかッ...!!」


ピエトロがシファンナの右手に持っている黒い本を目にする。


「【契約書】...この女...悪魔と契約を...ッ!!!」


ピエトロの額に汗が流れ、素早い手付きで剣を抜刀し、シファンナに向かって突撃する。


「くたばれぇぇぇッ!!!!」


どすっ、と、鈍い音が村中に響き渡り、シファンナの左手がピエトロの腹から引き抜かれる。

ピエトロは大量の血を吐血し、叫ぶ暇もなく、絶命する。


木々が燃え、家が燃え、一人生き残った少女は、黒い本を右手に持ち、こう呟いた。


「お姉ちゃん、私も愛してる。」


村は崩壊し、一人の悪魔が誕生した。

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