かみさまがみてる
藤原くう
第1話
ユウはため息をついた。理由はない。ただなんとなく、ため息をつきたくなったのだ。
空を見上げる。灼熱と化した屋上のコンクリートに寝そべるユウの上には、青空が広がっていた。遠くの空には、入道雲が鎌首をもたげている。
季節は夏。
またため息。三年生であるユウは、今年度にそびえたつ壁を考えると頭が痛くなってくる。
進学するか就職するか。
多くの高校生が悩むように、ユウもまた自らの進路をどうするべきなのか悩んでいた。成績は良くもなく悪くもなく。授業態度だって同様。部活は陸上部で、内申点だってそこそこだ。進学でしても就職してもそこそこのところへ行けそうである。
でも、なんだかなあ。
心の中で呟く。どちらかに決めなければならないことはユウも理解している。しかし、やる気がしない。どっちを選んだところで、その選択は無意味になるような気がしてならなかった。
「こんなこと、アイなら――」
呟いたところで、屋上の扉が開く。軋むような音の方をけだるげに向けば、女の子が屋上へと上がってくる。女の子は、貯水槽の影に寝っ転がったユウを見つけると、スカートを翻しまっすぐ歩く。
「やっと見つけた」
腰に手を当てて、ユウを見下ろす女子生徒は頬を膨らませてご立腹の様子。
「中見えてる……」
「見えてもいいよ。ユウだし」
「…………」
「ほら立って」
ユウの顔の前に手が差し出される。小さな手は、ひどく白い。その手をそっと掴むと、ひんやりとしていて心地が良い。アイの細腕に力をかけないようにして、ユウは立ち上がった。
「あーあ、しわになってるよ」
「別にいい」
「よくはないよ。女の子なんだからちゃんとしないと」
ユウのワイシャツにはしわが寄っていた。それだけではなくスラックスにも。買い換えたばかりの上履きは蒼穹と同じく汚れのない色をまだ保っている。
ユウは男子生徒が着用する制服を身にまとっていた。理由は特にない。そうしなければならないような気がしたからだし、それにユウ自身も気に入っていた。スカートというやつは、何となく頼りない気持ちになるから。
「それに髪もぐしゃぐしゃ。すっごく綺麗なのに」
「そうかな」
「そうだよっ」
アイが、ユウの背後に回る。ヘアゴムをとって、ぼさぼさの黒髪を、取り出したブラシで梳いていく。「あっ」とか「おっとっと」とか聞こえてくるのは、アイがつま先立ちをしているからだ。二人の身長差は頭一つ分あった。
二人は幼馴染で暇さえあれば一緒にいた。比喩表現でもなんでもない。お隣さんだからお互いの家に泊りあう仲である。一緒に成長したにもかかわらず身長の差が生まれたのはどうしてなのだろうと、ふくれっ面でアイが言っていたのをユウは思い出した。
しばらくの間、ユウはアイのなすがままになる。アイの手つきは優しく、心地が良い。
「よし。終わった。折角伸ばしてるんだから、大事にしないと」
別に伸ばしたくて伸ばしていたわけでもなかったが、ユウは頷く。ブラシをポケットへと入れたアイが大声を上げる。
「こんなことをしてる暇はないんだよっ! わたしはユウを探しに来たんだから」
「どうして……」
「どうしても何も、授業中だよ!」
「でも今日は自習のはず」
現在は夏休み真っただ中。受験生である三年生は、午前中は学校に来て、勉強しないといけない決まりになっている。これは進学希望者のみであったが、どうするか悩んでいるユウもとりあえずは参加しているのだった。ただ、来てみたもののやる気はしない。そういう気分にはなれなかった。
「勉強しなくてもいいの? 大学落ちちゃうよ」
「別に。そっちこそいいの」
「わたし? わたしは大丈夫だよ。課題は提出したし質問したいことも聞き終わったから」
「真面目だねえ」
真面目ですから、とアイがメガネのツルを持ち上げる。その所作は知性を感じさせるが、実際彼女は賢い。旧帝大の一つに推薦で挑むくらいには品行方正でもあった。
「真面目な委員長さんは、ワタシが心配になったんですか」
「委員長じゃないけど……。ってか心配するに決まってるじゃない。いつの間にか教室からいなくなってたし」
「二次関数見てるだけで眠くなってきてさ」
「何それ。勉強しないと、一緒の大学いけないよ?」
一緒の学校に行こうね。
それは幼い頃に、ユウとアイが交わした約束。――なのだが、ユウはおぼろげにしか覚えていなかった。それどころか、そんな約束しただろうか、という気さえしてくる。
頭が痛くなってきた。
「大丈夫?」
「平気。低気圧のせいかな」
「晴れてるけどね」
「細かいことはいいから、どっか行こうよ」
「いいけど、勉強はちゃんとしなさいね」
はいはいと適当な返事をしながら、ユウはその辺に転がしていたカバンを手に取る。
アイが先に屋上を後にする。その後にユウも続く。
屋上の扉に手をかけたところで、首筋がチリチリとした。
誰かに見られているような感覚。
背後を勢いよく振り返る。
炎天下に晒された屋上には、人っ子一人いない。屋上には先客はいなかったし、あとからやってきた生徒もアイ以外にいなかった。そうなると、先ほどの視線は気のせいだったのだろうか。
「あれ――」
そこで、正面の空に目が行った。
屋上のずっと先の空。そこには季節感のある白い入道雲がもくもくと立ち上っている。その形はどこか人の顔のようにも見えた。
美術の授業で目にしたような般若のごとき様相。怒っているような顔。
あまりにも似すぎている雲の形に、ユウは目を離せなくなってしまった。
「どうしたのよユウ」
その声で、金縛りにあっていたユウの体が動き出す。
背後を振り返ると、階段を一段下りた先にアイが立っていた。その表情には不満がありありと浮かんでいる。どうして来ないのかと訝しそうな目線をユウへと投げかける。
人の顔をした雲の方を向きなおる。そこには入道雲があるだけである。人の顔なんてしていない。ただの入道雲。
「な、なんでもない。ちょっと立ち眩み……」
「熱中症じゃないでしょうね」
「そうかも」
そう言いながらユウは、逃げるようにして屋上を後にする。
突き刺さるような視線は、街の中でも感じられた。それで振り返るのだが、そこには誰もいない。少なくともユウにはわからなかった。
立ち止まっては背後を振り返るユウに、アイがため息をついた。
「何をそんなに心配してるのよ」
「ストーカーがいるのかもしれない」
「冗談? それとも本気?」
「……わからない」
「マジなら警察に連絡した方がいいかも。でも、ユウは人気だからなあ」
「人気なの?」
「人気だよ。男子からも女子からもさ」
「誰も話しかけてこないけど」
「そりゃあ話しかけてくるなっていうオーラ漂わせてたらね、誰も話しかけられません」
「そんなオーラなんて」
「でも、一年のときの文化祭は事実でしょ?」
一年生の文化祭、ユウは一人の男子生徒の告白を受けた。相手は三年生で、軽薄そうな男子生徒であった。それなりに顔は整っていたのだが、自分がかっこいいということを自覚しているような人間で、彼女は一人や二人ではないとか噂されていた。そんな男子生徒は、入学当初から注目を集めていた女子生徒に目を付けた。それが、ユウであった。
男子生徒には自信があり、いかにもきざったらしい口調で告白したが、ユウは断った。彼のことが一ミリもよく見えなかった。
否定された男子生徒は呆然とし、ユウの手首をつかんだ。もしかしたら、強引なことをしようとしてのことだったのかもしれなかったが、相手が悪かった。
次の瞬間、男子生徒の体は地面へと叩きつけられている。それを認識するさえもかなわない。男子生徒は衝撃で気絶してしまっていたからだ。
「そんなこともあったけど何の関係が」
「男子を投げ飛ばせるような子に近付ける人は多くないってことよ」
「でもアイはいる」
「わたしは幼なじみだもの」
ユウがアイの方を見れば、ウインクが返ってくる。
「それに、女子からしたら頼りになるしね。ほら、よく声かけられるでしょ」
「うん。みんな怖がってるけど」
「まあ、目つき鋭いし、ぶっきらぼうだもの。もっと愛想よくしてたら、みんな話してくれるって」
「別にそこまでしたくない」
もう……とアイが言う。心配そうな口ぶりの後に続くのは決まって、わたしがいなくなったらどうするの、という言葉である。
アイがいなくなったときのことなんて、想像もつかない。それほどまでに、いつも二人は一緒にいた。
ユウとアイは商店街の方へと歩道を歩いていた。
不意に、雷鳴が響いた。見上げると、入道雲が空を埋め尽くそうとしていた。いつの間に、と思っていると影が二人を覆う。何とも言えない土臭さをともなった湿気がやって来たかと思うと、間もなく雨粒が頭を打った。降り始めると、あっという間に本降りとなった。
「いきなり雨が降ってくるなんて聞いてないっ!」
ユウとアイはカバンを傘代わりにして、雨の中を駆ける。夏とはいえ、雨には濡れたくない。ぴったりと張り付いた夏服は気持ち悪いし、いやらしさを隠そうともしない視線もいくらか増えてしまう。とはいえ、突き刺すような視線は絶えずやってきていて、そういう意味ではストーカーにとって、この雨は都合のいいものだったのかもしれず、ユウは舌打ちするのだった。
目的地の商店街はおんぼろだったが、屋根がある。ちょうどいいのでそこで雨宿りをすることに決めた二人は、とにかく走る。
目の前で、歩行者用信号が緑色に点滅し始める。
二人は腕を振り、速度を上げる。商店街は目の前で、これを逃せば三分は雨に打たれることとなってしまう。滝のような雨の勢いでは、三分もあれば下着までぐっしょり濡れてしまうことだろう。アイがさらに速度を上げる。先んじて、横断歩道へ入っていく。
ユウもそれに続こうとする。
と――。ユウは背後から何者かに呼ばれた。
立ち止まり、背後を振り返る。そこには誰もいない。鉛色の空と暗い街が広がっているばかりだ。
先ほどの呼び声は、気のせいだったのだろうか。視線のせいで過敏になっているのかもしれない。よし、横断歩道に。
甲高い音が、近くで生じた。金属が泣き叫ぶような音は視界の外からやってきて、目の前の歩道を突き抜けていく。あまりにも速く、速度制限をはるかに超過していただろうその物体が何なのか、そして、何か人のようなものを吹き飛ばしていった。
そして最後に、それは商店街の店舗の一つへぶつかり、止まった。
悲鳴と衝突音。金属のひしゃげる音。それらが混然となり、不協和音を奏でる。粉塵が商店街の入り口を埋め尽くし横断歩道にまで広がっていく。
何が起きたのか、わからなかった。人々は、粉塵の舞い上がった方を呆然と見ていたし、それは粉塵に一番近いところにいたユウもそうであった。
歩行者用信号が赤になり、青になる。
「あ、アイ……?」
アイの姿がどこにもないことに気が付いて、ユウは呼びかける。返事はない。嫌な予感がした。
粉塵の下へと、ユウは歩いていく。コンクリートか砂が舞い上がったのだろうか。粉塵を吸ってしまうと咳が出た。口元に手を当て、先へと進む。
横断歩道上に、人が倒れているのが見えた。もっと近づくと、スカートと学生カバンが見えた。
「アイ!」
安堵の声を上げて、ユウは駆け寄り、そして立ち止まった。
倒れたアイを、ユウは見下ろす。膝をつくことはできなかった。ただ、呆然とすることしかできなかった。
真っ白だったはずの夏服が真っ赤に染め上がっていた。
アイの死因は、全身打撲によるものであった。その原因となったのは一台の車だ。ユウの目の前を猛スピードで通り過ぎていったあの物体は車だったのだ。
その車に、アイは轢かれた。運転手は心肺停止状態であったとか路面状況のせいで加速している車体がスリップしたとか、ファストフード店に突っ込んだことで数十人が怪我をしたとか、いろいろなことをユウは聞かされたが、全部どうでもよかった。
アイが死んだ。死んでしまった。
それだけが、ユウにとって大切なことであった。
アイが亡くなってちょうど四十九日が経過した。
アイの葬式から四十九日の法要にいたるまで、ユウは一度も出席しなかった。友人としてなら出席するべきだったのかもしれない。でも、できなかった。アイが亡くなったという事実を理解しながらも、受け入れることができなかった。
――アイが死んだなんてそんな。
葬式に出なかっただけでなく、家から――いや部屋すらも出ない日だってあったが、ユウの両親は何も言わなかった。アイとユウの関係性を思えば、かける言葉がなかった。
ユウとアイは一心同体といってよかった。生まれてから高校三年生になるまで、一緒に成長してきたのだから……。
ベッドで膝を抱えるようにして眠っていたユウは、視線を感じた。
もそりと体を起こす。アイだろうか――同時にそうではないことを感じつつ、ベッドから降りる。
カーテンも窓も締め切られた部屋は薄暗く、陰気な雰囲気が漂っている。一か月半分のため息が沈殿しているように空気が重い。
外から、部屋の中を見ることはできない。それだというのに、視線は変わらずやってきていた。
気持ちの悪い舐めるような視線に、ユウは腹が立ってきた。視線を感じ始めてから、アイは亡くなったのだ。何かしらの関係があるとしか考えられなかった。
「わたしを見るな!」
手近なところにあったスマホを握りしめ、振りかぶる。窓へと投げつけようとしたが、寸前になって思いとどまる。そんなことをしたところで何もならない。両親に迷惑をかけるだけだった。
ため息とともに、振り上げた腕を下げる。パソコンのモニターを見れば、そこには疲れ切った人間が映っている。それこそは、ユウの姿であった。
視線は消えてなくならない。そんな彼女に満足しているかのように、ユウのことを見ている。
天から降ってくるような視線。
付きまとうような視線は、いつまで経ってもなくならない。
周囲に血走った目を向けるが、カメラのようなものはない。
「どこから見てるんだ……」
うわごとのように呟きながら、ベッドの下などを覗き込んでみるが、やはり何もない。人がいるわけではなく、カメラすらないのである。
しかし、確かに感じるのだ。どこかから自分のことを見ているものの視線が!
気のせいなのだろうか。友人がいなくなったことによるショックで、過敏になっているだけなのだろうか。そうではないとは思うが、だからといってほかに理由があるわけでもない。
ユウは窓を開けることにした。アイが事故死して一か月とちょっと。季節は秋へと差し掛かろうとしていたが、残暑厳しい。外からはむわっとした熱気がキンキンに冷えた部屋へと流れ込んでくる。
遠くの空には、夏の象徴である入道雲が浮かんでいる。
「そういえば……」
屋上で見た入道雲は、何やら不気味な形をしていたような。確か、人の顔の形をしていた。
遠くにポツンと浮かんだそれは、人の顔のような形をしているといえばそのように見えた。だが、一か月半前に見たものよりは顔の形を成していない。
不意に、スマホが震え、床へと落下した。拾い上げて確認すると、メールがやってきたようであった。
今時メール。少なくとも友人から送られてきたわけではない。もちろん、両親からでもなかった。どこかの宣伝メールか、いたずらメールといったところだろうか。そう考えたユウはメールを削除しようとする。
その指が止まった。
『あなたを見ている』
メールのタイトルを目にして、ユウは戦慄した。
周囲をきょろきょろと見渡してみる。窓の外へと身を乗り出しても、そこには人影がない。うだるような暑さに、道にも人の姿はまばらだ。
入道雲だけが変わらず空には浮かんでいて、そこから視線は注がれているように感じられた。
「な、なんなの」
後ずさりするユウの顔には恐怖が浮かんでいた。かかとがベッドにぶつかり、勢いそのままにベッドへと倒れ込んだ。起き上がる気力は全くない。
ユウの視界から外れたところで、パソコンのモニターがやにわに点滅し始めた。
それはいくつかの文章だ。プログラミング言語のような感じであったが、既知のものには当てはまらない。はた目から見れば文字化けしているようにしか見えなかっただろう。しかし、その文字の最後に浮かんだ文字は、誰にでも理解できるものである。
『watching you』
その短い分は何度か点滅したものの、すぐに消えた。
きょろきょろと周囲を見渡してばかりいるようになったユウをあざ笑うように、視線は彼女のことをとらえ続けた。しかし、同時に幸運が舞い込み始めるようになった。
例えば、買った覚えのないものがやってくるようになった。両親が買った宝くじ(三等)が当たった……などなど。そのころには、ユウも学校に行く気にはなっていた。といっても教室に行くわけではなくて、保健室登校ではあったが。
保健室で、課題に取り組むユウを見たら、アイは息を飲んでいたかもしれない。今のユウは、すっかり変わってしまっていたからだ。髪を短くして、女子生徒の冬服に身を包んでいた。眼鏡をかけた姿は、どこか憂鬱とした雰囲気とともに、アイの真面目さをどことなく感じさせるようなものであった。
「うんうん。アイならこうするよね……」
ぶつぶつと呟くユウが取り組んでいるのは数列。ユウは、アイの目的を受け継いだかのように、アイが志望していた大学へ進学することに決めた。その姿はまるで、憑りつかれたようであった。
成績は急速によくなっていったものの、その目の下には大きなクマが浮かび上がるようになった。ユウの両親や教師は心配の声をかけたものの、聞く耳を持っていない。
今の彼女は、アイが目指していたものをなぞるだけの機械のようになっていた。そうでもしないと、良心の呵責に苛まれてどうにかなってしまいそうだった。
あの時、アイのことを引き留めておけば。
そんな後悔が、最愛の友人を喪った悲しみの後に襲い掛かってきた。それに何より、アイのことを考えていれば、ねめつけるような視線のことを考えずに済んだ。
病的なまでの執着心でもって、勉強をしていたユウはふらふらと帰路についていた。
季節はいつの間にか、冬になろうとしていた。裂くような冷たい風がびゅうと吹き、ユウは華奢な体を縮み上がらせた。
その前に、一人の男が立ちふさがった。
最初は立ちふさがられたとは思わず、無視して歩いていこうとした。しかし、そんなユウの前に男が移動する。何だこの人は。けだるげで、自暴自棄な目線をユウは男へと向ける。
耳にピアスをし、髪を茶色に染めたその男は、よくよく見てみるとどこかで見たような気がした。じっと見れば、思い出せそうであったが、そうすることはできなかった。
目の前で火花が散った。
自分が何をされたのか、一瞬分からなかった。遠くでどさりという音がしたのが聞こえた。すぐ近くに、白線が走っていた。自分が倒れたのだと気がついたのはその時であった。近づいてくる男の手には、電撃を発する装置――スタンガンが握られていた。
ニヤリと笑う男が、彼女の軽くなった体を引きずっていこうとする。体は弛緩しており、助けを求められそうになかった。それに、人気のない路地で助けを求めたところで聞こえたかどうかは定かではない。
そのまま、路地へと引きずり込まれたユウを待ち構えていたのは、複数の男たち。
下卑た笑いを浮かべた男たちの真ん中で、ユウは乱暴に下ろされた。
「オレのことを覚えているか」
ここまで引きずってきたにやけ面の男が口にする。ユウは、ぼんやりと男の方を見た。初めは誰だか分らなかった。じっと見つめてようやく、自分がフッた人間であると気がついた。
「この時を待ち望んでいたんだよ。オレのプライドをずたずたにしたやつを、ぐちゃぐちゃにする機会ってやつをさ」
男たちが笑う。性欲に突き動かされた彼らの手が、ユウの制服を引き裂いていく。
黄昏の路地に、ユウの肉体がさらされる。スタンガンによって、麻痺しているからなのだろうか。不思議と寒さは感じなかった。それどころか、いそいそとベルトを外している男たちを見ても、はじめて目にした男性器を目にしても、何も感じなかった。それを、平然と受け入れている自分がいた。
どうにでもなればいい。ユウは本気でそう思っていた。
アイのいない世界なんてどうでもいい。アイがいないなら、自分はどうなったっていい。
しょぼくれたプライドを肥大させた男が、ユウの下着をずらす。屹立させたものを挿入しようとする――。
雷が鳴った。
それは神の怒りか。ユウを犯そうとしていた男へ鉄槌を下した。雷に打たれた男が絶叫し、倒れ辺りを転がる。それを茫然と見ていた他の男たちにも雷鳴は轟き、その身を焦がしていく。雷であれば、近くにいたユウの体を焦がすはずだが、そうはならなかった。ユウの柔肌を焦がすことはない。まるで、ユウを汚そうとした男たちだけを狙いすましたかのように雷は落ちていく。男たちは悲鳴とともに、出来損ないのダンスを踊る……。
そして、最後の一人が天へと手を伸ばし、ドウと倒れた。
しばらくの間、ユウは動けなかった。体が麻痺していたのもあるし、自分が雷に打たれるのではないかという心配も少なからずあったからだ。同時に、雷に打たれることはないだろうという確信もあった。
雷は、ユウを守るために飛来したとしか考えられなかった。
「でもどうして……」
天を見上げて、ユウは呟いた。次の瞬間、スマホが鳴る。見ればメールがやってきていた。メールの送り主の欄は文字化けしていた。
『あなたが好き』
「好きだから、こんなことをしたっていうの」
ユウの問いかけに答えるように、着信がやってくる。『好きだから、誰かとくっついているのが許せなかった』
「誰かとくっついている」
目の前の男たちに、手籠めにされそうになったこと。いや、それだけではないのではないか。ふと、ユウは思った。メールの送り主が、アイに対してさえもその執着心を発揮したとしたら?
ゾッとした。その可能性が指し示すのは、あの事故が偶発的なものではなかったということである。顔もわからない神様のような存在の手によって、親友は殺されてしまったのではないか――。
「あなたはアイを」
言葉を最後まで言うことはできなかったが、それだけで言わんとしていることは相手に伝わったはずだ。相手は神様なのだから、言葉にせずとも意図は伝わるはずである。
すぐに返答があることを祈った。自分は殺していない。あれはたまたまだったのだと。
しかし、メールはなかなかやってこない。
数分後。メールはやってきた。いそいそとメールを開く。
『そうだとしたら、あなたはどうする』
そのメールを何度も確認する。その文字の意味するところを考え、天を仰いだ。
それは自白にも等しい言葉。
ああ。そんな言葉がユウの口から空気とともに漏れた。
この神様はわたしを愛したばかりに、人を殺したのだ。
神様に愛されたばかりに、たった一人の親友は、殺されてしまったのだ。
ふらふらと、ユウは路地を後にする。その手に握られたスマホには何度か着信があったのか、ぶるぶると震える。何度目かの着信のときに、力を失った手からスマホが零れ落ちて、コンクリートの上で跳ねた。それを拾うことはなく、ユウはとぼとぼと歩く。
その瞳にはもはや何も映ってはいない。冬の寒さに包まれた街並みも、横からやってくる光も。
かみさまがみてる 藤原くう @erevestakiba
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