第13話 ガチタン、号砲の真実
―模擬戦開始前
ユーリアたちが列車内で、作戦前の最終ブリーフィングを行っていた頃
宇野沢たちも、別の車両にてブリーフィングを行っていた。
ブリーフィングに参加しているのは五名。
日本のパイロット、宇野沢慶
アルメニアのパイロット、アリク・トロワイヤ
西ドイツのパイロット、ヴァランタイン・シュタイナー
そして“物部”の専属メカニックとして萬谷千都瀬
最後に、作戦オペレーターとして、英国のアイラ・ジェンキンス
ブリーフィングは主にアイラが取り仕切っていた。
「作戦エリアは“モスクワの海”の外縁。
そこに三つの山脈があり、そこが主戦場となります」
「アイラせんせー!
山脈に名前とかないの?
呼び方決めないと分かりにくいよ!!」
アイラの説明に、真っ先に萬谷が口を挟む。
宇野沢はため息をつく。
「千都瀬さん、あんたは一介のメカニックなんだから少し遠慮してくれ」
「えへへ、ごめん」
アイラは少しの間端末に目を落とすと、すぐに説明を再開する。
「・・・萬谷さんの言うことにも一理あります。
外側からそれぞれ、山脈A,B,Cとしましょう」
「味気ないな」
「おいヴァル!!」
アイラは再び端末に目を落とす。
液晶モニタの光が眼鏡に反射し、彼女の表情を窺い知ることはできない。
「ではこうしましょう。
山脈Aはアハルム・ロイトリンゲンの山嶺の頭文字を取って・・・」
「ごめんなさいアイラさん!話を進めてください!!」
宇野沢はヴァルの頭を押さえつけ、一緒に謝らせる。
それにしてもこのアイラという作戦オペレーター、見た目はいかにもお固そうで怖そうだが、案外天然なのかも知れない。
「コホン、山脈A,B,Cについてですが、山を挟んだ反対側までは“心音”は飛ばないようです。
アリクさんの仰っていた“心停止”
もしなされるのであれば、これ以上に適した地形はないでしょう」
これを聞き、今までやる気なさげにぼーっとしていたアリクの目がにわかに輝き出す。
「これはやるしかないな!
神がやれって言ってるな!!」
「楽しそうだな、お前」
「だって、こんな戦法今までだれもやってないんだからな。
成功したらあたしが先駆者だ!
教本に名前載るかもな」
アリクの“アララト”は特殊なレーダー機器を搭載している。
それを用いた、ある計画が彼女の頭の中にはあった。
「本当に実行するのですか?
作戦オペレーターとしては、あまりお勧めしたいものではないのですが」
アイラが控えめに言う。確かに、アリクの様子を見ていると、不安になる気持ちも分かる。
「いや、やろう。
向こうのほうが戦力に勝る。
奇策の一つでも打たなきゃ、順当に敗北するだけさ」
「そうそう、“奇策は弱者の特権”ってね!」
萬谷が笑いながら言う。
「誰の言葉だ?」
「忘れた」
「はあ、まあ、そんなことより。
千都瀬さん、例の“願い事”の件。
あれは万全か?」
「そりゃもう、バッチシですよ」
萬谷は袖を捲り力瘤を作る。
“願い事”とは、萬谷が『何でも一つ、願いを叶える』と宇野沢に約束した、“物部”の強化案のことだ。
「予算も時間もないのに、よくできたな。
ありがとう」
「ふっふっふ
お姉さんに任せとけば、全てうまくいくのだよ」
宇野沢が萬谷に託した“願い事”
それは、203mm榴弾砲を着脱可能にすることだった。
ただ着脱できるよう機体を改造するだけでなく、パージした榴弾砲をその場に据え付け固定砲台として利用できるよう、砲自体にも改修が加えられた。
アリクとヴァルの機体の調整もしながら、宇野沢の“願い事”まで叶えて見せた萬谷。
彼女の顔を見るに、この一週間の睡眠時間は、もしかしたら両手で数えられるほどなのではないだろうか。
「みんな、この日のために集まってくれてありがとう。
ここまで来たら、俺から言えることは一つだけだ。
絶対に勝つぞ!!」
「おー!!」
萬谷は腕を天に掲げ、空元気を出す。
アリクとアイラはそれを見て軽く微笑み、ヴァルは相変わらず無表情。
だが、即席にもかかわらず、良いチームだ。
勝てる。
宇野沢は“物部”にそう、語りかけた。
────────────────
模擬戦が始まってすぐ、アリクの“アララト”はソヴィエトの初期配置位置に向かった。
正確な位置を確認するためだ。
無論、策もなく接近すれば、“聴診器”ですぐに居場所がバレてしまう。
そのための秘策が、アリクの言っていた“心停止”だ。
“心停止”とは、文字通りルノホートの“心臓”、つまり
シールドの生成は中止され、スラスターは使用不能になり、“聴診器”も使えなくなる。
“心停止”は、戦闘兵器としてほとんど無防備に等しい状態になることを意味し、それゆえにこれまで誰もやってこなかった。
だが、アリクは“心停止”を、戦術に組み込むことを考えた。
そのどちらも生まれていなかった時代の、旧世代のレーダーを、“アララト”は搭載していた。
心停止とレーダーの組み合わせにより、“聴診器”に気づかれぬまま敵の位置を探ることが可能となる。
ルノホートにとって、ルノホート以外の通常兵器は取るに足らない存在である。
そんな状態が長らく続いていたため、第三世代機が生まれる頃には、索敵を“聴診器”のみに頼るように時代が変わっていた。
アリクははじめ、“ラジオ・エレヴァン”の海賊放送を機内で流そうと“アララト”の改造を始めたが、結果としてそれが、新たな戦術を生み出すに至ろうとしている。
その供給は、
この状態において、ルノホートの利用可能な機能は、スラスター抜きの基本的な駆動と、武器の発射くらいである。
だがこれだけ動ければ、索敵に不足はない。
旧世代機のレーダーにより、一方的にソヴィエトの位置情報を掴んだアリクは、情報を送る。
山脈Cの向こう側、“モスクワの海”の丘陵に陣取る“物部”は、その指定座標めがけて、203mm榴弾砲をぶっぱなした。
「いっけえええ、“サンダーボルト”!!!」
これが、戦いの始まりを告げた号砲、その真相である。
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