第12話 ガチタン、謀戦一方

マルガレーテの弾丸は、榴弾の発射元を貫いた、


だが、敵の隊長機の撃破に伴い、”模擬戦終了”の表示がコンソールに表れる


はずである。


「隊長、何かおかしいです」


「ええ、どうやら何かイレギュラーがあったみたいね。

予定通り私は強襲をかける。マルガレーテは後退!!」


「了解」


マルガレーテは既に退避を開始していた。カウンタースナイプが決まらなかったということは、次は彼女が狙われる側なのだ。


「”心音”は依然としてあの方角、なにか臭う・・・」


ユーリアは不気味さを感じた。いくら発射元に近づいても、何の抵抗もない。


そのままついに、発射元に辿り着いた。


「到着した、丘の向こうに榴弾砲の長砲身が見える」


「見えてます、周囲に敵影はありません」


「では丘を越える、援護を」


「了解」


地形は見通しのいい丘、そしてこの距離。”モスクワの海”の心音反応は1機だけ、つまり護衛機もいない。


30秒足らずで、”物部”の敗北は決まる。


ユーリアの”ザシートニク”が飛び上がり、見えた砲身のあたりに集中砲火を加える。


「あなたにはがっかりした、チェックメイトよ」


だが、そこにあったのは、”砲だけ”だった。


「!?」


その瞬間、突如側面から突進してくる機体があった。


「くっ!丘陵の陰に隠れていたか!!」


敵機は、速度を緩めず、肩の装甲を前に出して体当たりを仕掛けてきた。

高速の体当たりを受け、”ザシートニク”の姿勢が崩れる。


お互いの機体がぶつかるまでに肉薄すると、シールドが干渉し合って不規則な力場が形成される。


多くの場合、それらは相殺し合って弱い力場のまま離れるまで維持される。

つまりは、肉薄されている間だけは、お互いのシールドがほぼ無効化される。


「このスピードに、人型!?

こいつ、”物部”じゃない!!」


敵機は、姿勢を崩して倒れた”ザシートニク”にマシンピストルを連射する。

シールドは相殺されている。一発でも当たれば敗北。


「なめるなあああ!!」


ユーリアはスラスターで倒れたまま射線を避け、そのまま足払いを掛ける。

敵機は前につんのめるようにして倒れかけ、ユーリアは流れるように跳躍し、敵機のシールド圏内から脱出する。


「マルガレーテ!!丘向こうにいるのは機動型の近接機!!


”物部”じゃない!!」


「!!

すぐに後退して下さい。私の射線が通る位置まで来れば安全です」


「今そうしてるとこ!」


ユーリアは得意の三次元機動で敵の弾を躱しながら牽制射撃を加え、少しずつ後退する。

敵機の機動力も相当なものらしく、強気に攻められないユーリアの弾は当たらなかった。


「まずいわね、シールドが完全にやられた。

再形成まで時間がかかる」


「なんですって!?」


マルガレーテは予想外の展開に驚く。

模擬戦の仕様上、今のユーリアは流れ弾ひとつでも当たれば敗北となる。


機体の装甲厚など関係なく、装甲に敵弾が達すれば即敗北と看做すルール。

このルールは、いままで”物部”を幾度も泣かせてきた規定である。


「まさか、榴弾砲だけ据え付けて、今まで影武者に撃たせてたなんてね。

おかげで私たちはずっと物部が”モスクワの海”にいるものだと思い込んでた」


「まさかそんな奇策を・・・」


「奇策は弱者の特権ってとこね。やるじゃない」


ユーリアは強がってみせたが、圧倒的に不利な状況である。

”ザシートニク”は隊長機であり、その生存が勝敗に直結しているのだ。


「隊長、”影武者”は僕が食い止めます」


「あなたの機体で?無理よ」


「できます」


いつになく怒気の籠ったマルガレーテの声に、ユーリアは一瞬たじろぐ。


「これで二機の居場所が割れました。


そして状況は出来上がっています。

偵察兵スカウト”はタマルさんが、”影武者”は僕が受け持つ。


残りはもちろん―」


「”物部”だけ・・・」


マルガレーテは頷く。


「そうです、そして、一対一であなたが負けるはずはない」


ユーリアは暫く沈黙し、そして


「マルガレーテ、頼めるかしら」


「ええ、その代わりに、僕からも頼みがあります」


「言ってみて」


「今度からは僕のこと、”グレートヒェン”って呼んでください」


マルガレーテは微笑むと、丘陵から飛び出そうとした”影武者”に向け対物ライフルを放つ。

”影武者”は砲身の方向を見て咄嗟に回避機動をとったらしく、命中こそしなかったが、しばらく丘陵に釘付けておくには十分だ。


「分かったわ、祖国に勝利を」


「祖国に勝利を」


ユーリアは背中をマルガレーテに任せ、全速で後退する。

だがその姿は、後退というにはあまりに鬼気迫っており、姿の見えぬ”物部”への強襲といってもよかった。


ユーリアの自尊心は、奇襲によりシールドを破られたことで、深く傷つけられていた。

エースとして勝ち続けてきた彼女の中には、自分でも気づかぬところに、誰よりも負けず嫌いな子供っぽいところがあった。


だが、これだけははっきりしている。

戦いの中で受けた屈辱は、勝利を持ってすすぐほかない。


「”物部”・・・どこに隠れようとも、便所の中まで探し出して、倒す!!」

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