幕間・again
薄暗い屋敷の中は人の気配を失った。
ここは繰り返されていた悪夢という名の実験場。
幾多の人間をあらゆる方法で殺し、犯し、最後は囚われていた被害者(プレイヤー)が正しい答えに辿り着いたことで終わった永遠の檻。
鉈を床に突き刺し、複数の傷を作って怯えた怪物が背を丸めて小さくなにかを呻いている。
その怪物が人を殺すことは二度とない。
彼は、悪魔に魂を奪われて変質した怪物としての役割をも終えたのだ。
不意に、一階のガラス扉が静かに開く。
ぎぃ、と音を立て、その奥から一人のヒトガタがエントランスに出た。
「怪異になり果てても人間を喰らおうとする欲望だけはあったのに、たかが人間の一人に打ちのめされてこれじゃあ無意味で無価値だな」
震える怪物――曰く、
しかし怪異は少女の声色に震え、小さく嗚咽を漏らして更に丸まってしまった。
「そんなに嫌われると私は哀しいな。まぁ、キミに嫌われた程度では気にしないが」
少女はそう言い残し、エントランスからゆっくりと廊下に向かい、まっすぐと最奥の部屋の前に立つ。
木製の扉を開き、中に残された絵本と写真とナイフを一瞥。絵本の男の絵に突き立てられた刃は毒々しい血の色に濡れている。
「最も弱きモノを殺せと、確かに私はそう言った。だが、……よもや精神の弱さを答えとするとは思わないよ。私の中での最適解は、その写真にある赤子を殺すことだったのだけれど」
そのつもりでヒントを用意し、あんなにも芸術的な絵画を飾り付けたのに人間は予想通りにはいかないものだ。
人間の心理としてはうってつけの要素を配置したつもりだったというのに。
「人間ではない私が人間の思考を則って築いた正解も、個人単位では不正解ということだね」
どこからともなく現れた青白い蝶が手を伸ばした少女の手に留まる。ナイフを抜き、蝶が留まり木代わりにした片手で絵本を持ち上げながら少女はクスクスと笑った。
「あぁ、だから人間は面白い。
実験は今回も成功だ。素晴らしいデータが取れた。
人間性の違いによってここまで解答や行動に変化が出るなんて、やはり彼らは素晴らしいと少女は嗤う。
一組目は惜しかった。限りなく近い結論に達しながらも最後は悪魔のささやきに耳を貸してしまった。正解にしてもよかったが、怪異が止まりそうになかったのでそのまま不正解にしておいた。
二組目は愚かだった。最後の瞬間まで虚偽の扉の封鎖を解こうとして結局殺された。知恵だけなら悪くはなかったが。
三組目は悪くはなかった。ただし得られた成果を生かせなかった点を含めれば良くもなかった。尤も、最終的な功績は四組目の彼らに次ぐかもしれない。
そうして迎えた四組目の彼ら。
「いつかの時、いつかの夢、キミたちはいつも同じ答えに行き着く。変えがたい人間性なのだろうね、美しいことだ」
白髪をくるくると撫で、絵本のページを閉じる。
不幸な家族の物語は終わった。彼らはようやく安寧と幸福を取り戻すことができただろう。
「クリアおめでとう。挑戦者のキミたち」
すると空間はすっとその姿を失い、少女はいつの間にか雑踏がひしめく都心のど真ん中にいた。
美しく伸びた白髪に見ほれる男がいる。
幻想的な紅い瞳に驚く女がいる。
突然現れたことに口を開ける子供たちがいる。
どこか浮世離れした雰囲気感じてか、急に吠え出す犬がいる。
どれも彼女にとっては何度も繰り返し、そして何度も知覚し見慣れた光景だ。
――――退屈で仕方がない。
「さぁ、また次のゲームをはじめようか」
どこまでも果てしなく続く真昼の青空を見上げ、手を伸ばした彼女がくるくると踊る。
雑踏も、人々も、草木も建物もなにもかもがどうでもいい少女にとっては大衆が向けてくる不可思議なものを見る目などなんの障害にもならなかった。
「それじゃあ、今宵はここまで」
――また会おう。月夜御鏡花、悠木湊太。
「私は、キミたちとの出逢いを楽しみにしているよ」
少女はふわりと微笑んで、蝶は町の中へと消えていった。
月夜御探偵事務所怪異調査譚 完。
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