腕時計の行方

 下校後。いつも通り、千夏さんの家のリビングに向かうと、千春さんがダイニングテーブルに腰かけながら、何かを持ってそれを細部までチェックしている。


何だあれ? 小さいから、扉付近からはよく見えない…。


僕達の気配に気付いた千春さんは、こちらを観る。


「おかえり、千夏ちゃん・玲君」


「母さん。何観てる訳?」


僕達は千春さんの元に近付く。それにより、彼女が見ていた物の正体が分かった。


どうやら腕時計のようだ。


「部屋の片付けをしてる時に見つけてね。他の腕時計はボロボロだったけど、これだけは使えそうかも? って思ったんだけど…」


「それ、動いてないじゃない」

千夏さんが指摘する。


「そうなの。電池を買うのも、時計屋さんに持って行くのも面倒なのよね…。かといって、捨てるのはもったいないし…」


「思い出の腕時計とかですか?」

使う機会がないなら、見た目がキレイでも捨てると思うけど。


「私が社会人として働く前にお母さんに買ってもらった、ちょっと高い腕時計らしいわ。でも、結婚してからつけなくなってね…」


「何でよ? おばあちゃんに買ってもらったなら、つけ続けない?」

僕も千夏さんに同意だ。


「主婦になると、働いている時と比べて時間に縛られることが少ないの。だから腕時計でこまめに確認する必要がないのよ」


家事は忙しいものだけど『毎日○時〇分までに、終わらせないといけない』みたいな制約はないよな…。


「それに食器洗いとかの水仕事をする時に、腕時計がついてると困るのよね…」


確かに、ゴム手袋とかをはめにくいか…。防水に未対応かもしれないし。


それらの理由によって、だんだんつけなくなった結果、しまわれたんだね…。



 「千夏ちゃんと玲君は、腕時計に縁がないでしょうね」

千春さんが僕達を観て言う。


「そうね。時間を確認したければ、携帯を見れば良いし」


同感だ。悪いけど、時間しか確認できない腕時計に必要性を感じない。


「これも時代の流れかしら…。昔は、だったんだけどね」


「そうなんですか?」

腕時計にそんな印象ないけど…。


「どんな物もあるけど、腕時計も例外じゃないわ。営業や交渉とかで高級腕時計をさりげなく見せることで、としてアピールできるのよ」


「ふ~ん。腕時計にそんな力があるとは思えないわ」


僕も千夏さんと同じ考えだけど、何かしらの魅力があるのかな…?



 「結局、その腕時計はどうする訳?」

さっきは迷ってたみたいだけど、考えをまとめたかもしれない。


だから千夏さんは訊いたんだろう。


「一応、時計屋さんに持って行って直るか確認してみるわ。もし直ったら…」


…? どうする気なんだろう?


「玲君にあげちゃおうかな?」


「僕ですか!?」

少し前に『縁がない』って話したのに…。


「お母さんが買った当時は高かったかもしれないけど、もうそんな価値はないと思うの。玲君のオシャレアイテムになるかもしれないわよ」


「う~ん」

腕時計がオシャレアイテムになるかな?


「良いんじゃない。玲、もらっておけば?」

千夏さんはそう言うけど…。


「私が持っていても、また引き出しに戻るだけだし…。気が向いた時でも付けてくれると嬉しいわ。いらないなら、捨てて構わないから」


使い道は0じゃないし、もらっておこうかな?


「そこまで言うなら、ありがたく頂きますね」


「ありがとう♪」



 後日。千春さんはあの時計を時計屋に持って行ったようだ。

電池や部品の在庫はあり、その場で修理されたらしい。


放課後に千夏さんの家に寄った時、時計は僕にプレゼントされた。


千春さんのお母さんである、千鶴さんの時計か…。

お礼を言うために、会いに行くのもアリかもしれないな…。

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