妖精に愛され体質令嬢とデュラハン公爵の妖精事件。

星雷はやと

第1話  真夜中の来訪者

草木も眠る丑三つ時。 満月が部屋を明るく照らします。


「右よし、左よし」


 私は自室から顔を出し、廊下に誰も居ないことを確認します。


「大丈夫ですよ。出て来てくださいな」


 そっと襖を閉じ振り返りました。そして私以外、人が居ない空間に呼びかけます。


『ふわぁ!』


 可愛いらしい鳴き声と共に、空中に薄淡く光る桃色の丸い生き物が現れました。


『ふわ丸』さんです。


「さて、今日は何をして遊びましょうか?」

『ふぁ! ふわぁ!』


 文机の上に置かれた紙風船の周りを、くるくると回るふわ丸さん。最近は紙風船が、ふわ丸さんのお気に入りなのです。ふわ丸さんと一緒に遊ぶ為、用意した品ですので気に入って貰えて大変嬉しいです。


「ふふ! では、紙風船で遊びましょう」

『ふわぁ! わぁ!』


 飛び跳ねて喜ぶ、ふわ丸さん。とても可愛らしいです。紙風船を手に取り、私にしか視えない友達と遊び始めました。


 私は俗に言う転生者です。


 平成という時代を生きた女性の記憶があり、目を覚ますと赤ん坊に生まれ変わっていました。今世は葉山桃華という名を貰い、伯爵令嬢として育っております。今年で十八歳になりました。

 優しい両親と弟がおりますが、私が転生者である事は秘密にしています。前世の記憶を保持している事は、この世界が異世界であっても受け入れ難い物だからです。そのことは心苦しいのですが、致し方ありません。

 それから、もう一つ秘密にしている事があります。それが『不思議さん』達の存在です。容姿や大小・移動の有無の差はありますが、不思議な生き物達が存在しているのです。ふわ丸さんもそのお一人です。 気が付いた時には既に視え、生活を共にしていました。余りにも自然に存在しているので、誰にでも視えていると思い込んでおりました。


 それが違うと知ったのは五歳の時です。


 同じ年齢の子と会う機会がありました。前世では大人でしたので、子どもの輪に馴染めずに居たのです。

 私は何時もの様に『不思議さん』達に話しかけました。


『ふわまるさんも、おかしをたべますか?』


 すると__。


『うそつき!!』

『なんもいないわ!!』

『へんなの!!』


 子ども達から、大声で叫ばれ睨まれました。その後の記憶はありません。


 目を覚ますと心配する家族と『不思議さん』達に囲まれていました。そこで漸く、私以外に『不思議さん』達は視えないと知ったのです。 それからは『不思議さん』達とは、誰も居ない時にこっそりと遊ぶ事にしました。 視えることを知られなければ、優しい家族も『不思議さん』達も心配させる事は無いからです。


 カサリと畳みの上に音が立ちました。


『ふわぁ?』

「あ、すいません……」


 音の正体は紙風船でした。苦い思い出を思い返していると、紙風船を落としてしまったのです。折角のふわ丸さんとの時間に、集中出来ないとは何たる事でしょう。 ふわ丸さんは不思議そうに鳴き声を上げると、私の肩へと止まりました。


『ふぅ、ふぅ〜』

「ふふふ、ありがとうございます」


 ふわ丸さんは、私の頬に擦り寄ります。頬に伝わる柔らかい感触が、元気を出してと励ましてくれている様です。 誰かと『不思議さん』達の事を共感する事は出来ませんが、彼等が居てくれるので私は寂しくありません。


 ヒヒーン!!


「ひゃっ!? う、馬ですか?」

『ふにぁ?』


 不意に屋敷の外から、馬の鳴き声が響きました。今は夜中です。その様な時間に馬車を利用する人がいるのでしょうか?此の世界で、十八年間生きておりますが、此の様な事は初めてです。


 ぎしっ。


「……? ……」


 今度は庭に面した廊下から、床が軋む音がしました。家族と使用人さん達は寝ている筈です。もしかすると、ふわ丸さんと遊んでいたので煩かったでしょうか。誰かが様子を見に来たのかもしれません。

 此の様な深夜に寝ていない事を知られたら、心配をかけてしまいます。


「ふわ丸さん、此方に……」

『ふわぁ』


 ふわ丸さんを抱え、掛け布団を被ります。それから視線を廊下がある障子へと向けました。


「……あれ? ……」


 其処には月明かりに照らされた、一人分の大きな影が障子に写っています。使用人さん達は、私の元には常に二人組みで訪れます。加えて両親や弟は小柄なのに対して、この影は遥かに大きいのです。


 つまり、これは___。


「ど、どろ……ぼぅ……?……」


 掠れた声が答えを紡ぎました。我が葉山家は伯爵家です。肥沃な土地のお陰で、国内の食料生産の三分の一を担っております。その為、土壌や作物を管理する為の資金が豊富にあるのです。屋敷に忍び込むのには充分な理由になります。

 しかしこの屋敷には、私の大切な家族や使用人さん達が居ります。乱暴な真似は避けてなくてはいけません。


「此処か……」

「……!……」


 すっ。


 聞いた事の無い男性の声が響くと、障子が開く音が鼓膜を揺らしました。私は咄嗟に瞼を閉じます。まさか、私の部屋に入ってくるとは思いませんでした。

 どくどくと、自身の鼓動が速く鳴るのが分かります。


「君だね」

「……! ……」


 男性の声が近くなりました。


 彼は私の部屋と知り忍びこんだのです。この部屋に貴金属は置いておりません。もしかすると私を人質にし、お金や貴金属を盗もうとしているのかもしれません。今世では、この葉山家には大変お世話になっております。これ以上迷惑や心配はかけられません。


 この侵入者を如何にかしなければ__。


『ふまぁ!!』

「……っ!?」


 私が侵入者を撃退する決意を固めると、ふわ丸さんが布団から飛び出してしまいました。一体如何してしまったのでしょうか。


「えっ……君は?」


 侵入者の戸惑うような声が響きました。如何やら、ふわ丸さんは侵入者の下へと向かったようです。このままでは、ふわ丸に危険が及ぶかもしれません。それは回避しなければなりません。ふわ丸は私の唯一の友達なのです。


「どっ!! 泥棒は良くありません!!」

「ぐふっ!?」


 私はふわ丸を救出するべく、飛び起きました。そして掛け布団を侵入者に投げつけました。上手く不意をつけたようです。侵入者は布団を被ったまま、尻餅を着きました。


「はぁ、はぁ……」

『ふわ? ふふわ?』


 急に起き上がった事と緊張で、息が乱れてしまいました。心配そうに、私の周りを飛び回るふわ丸さん。


「……ありがとうございます。大丈夫ですよ……誰か呼びに行きましょう……」

『わふぅ!』


 深呼吸をした後に、ふわ丸さんへと笑いかけました。此の世界においても、無断で家に忍び込むのは犯罪です。然るべき対応をして貰わなければなりません。人を呼ぼうと、侵入者に背を向けました。


 ごろん。


「……? ……」


 重量のある物が落ちた音が響きました。何の音でしょうか?思わず私は振り向きました。


「わぁ! 驚いたよ!」


 畳みの上には金色の髪が広がり、青い瞳が私を映しました。生首が転がり言葉を発していたのです。


「……え……」

「えっ!? ちょっと!?」


 目の前が真っ暗になりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る