鵞鳥たちの贈り物【フリー台本】

江山菰

鵞鳥たちの贈り物

*登場人物

夫・・・35歳前後の男性。とにかくウエメセで浮世離れ。一族みんなお金持ちすぎて下々の気持ちがわからない。深雪という妹がいるが任意の名前に変更OK。

妻・・・25歳くらいの女性。とにかく暗くてぼそぼそしゃべる。委縮気味。


*演技・編集上の注意

・作品ジャンル:恋愛もの。

・指定していない箇所のSEやBGMは任意で。

・とにかく下々のものなど知らん雰囲気で。



*以下、本文




SE:高級そうな玄関を開けて入る音



妻「……ただいま」


夫「お帰り、奥さん」


妻「あなた……」

 

夫「連絡もしないで帰りが遅いのは感心しない」


妻「ごめんなさい」

 

夫「夕食は?」

 

妻「(うつむいて小声で)……作ってない」


夫「それはわかっている。君は食べてきたのか」


妻「ううん」

 

夫「では支度をしよう」

 

妻「あなた、お料理できるの」


夫「ハウスキーパーに延長料金払って作り置きしてもらった。温めるくらいだったら私でもできる」


妻「……食欲がないから、いらない」

 

夫「いいから。私も腹が減った」


妻「夕食、待ってたの」


夫「うん」


SE:レンジでチンする音、ソファの音

 

夫「……君の性格だから、のうのうと夕食をどこかで摂ってくるようなことはないだろうと思った」


妻「私、お腹空いてないの」


夫「空腹時間が長いと心身を傷める。少しは食べろ」


 

SE:トレイを置く音、飲み物をグラスに注ぐ音


 

夫「どうぞ、奥さん」



SE:適宜、食事をする音をしばらく流す



妻「(しばらく間をおいて)あの……あなた」

 

夫「何だ」

 

妻「ごめんなさい」

 

夫「何が」

 

妻「お義母さまの大事な形見を壊してしまって……」


夫「それで日帰り家出ってわけか」

 

妻「うん……きっと怒られると思って」


夫「怒られに帰ってきたのか」


妻「だって……行くとこなんてないから」

 

夫「(しっかり間をおいて)わざと壊したのか?」


妻「いいえ……しまおうとしたときにジュエリーボックスの取っ手に引っ掛かって、糸が切れて」


夫「深雪みゆきのジュエリーボックスにあったものを、人がいない時を見計らってつけてみたのか」

 

妻「(悲しそうに)……きれいだったから……とってもきれいだったから……鏡の前でつけてみたくなって」

 

夫「君にはいろいろ揃えてやっただろう。あれよりずっといいのを」

 

妻「そういうのじゃないの……違うの」

 

夫「何が違うんだ」

 

妻「(悲しそうに)……お義母さまのネックレスをつけてる深雪さんが羨ましかったの……私、この家の由緒あるものは何も持ってないから……」

 

夫「いや、それは……妹には母の形見だろうが、君にとっては死んだ姑のお古だろう? 嫌なんじゃないかと思って」

 

妻「ううん、いただいてたら大事にしてた。(間を置いて、諦めたように)……でも、私が譲られなくて正解だったよ……全然似合わなかったもん。あれは深雪さんみたいな、きれいな人しか似合わないよ」

 

夫「(しっかり間をおいて)まあ、とにかく、このことは丸く収まっているから、とりあえず、ちゃんと食べろ」

 

妻「……丸く収まったの? 本当?」


夫「食べたら話す」

 

SE:食器の音

 

夫「(ちょっと笑って)ほんとに食欲がなさそうだな」


妻「……食欲がある方がおかしいよ。あんな大事なものを壊してしまって」


夫「深雪は怒っていない。あのネックレスは糸がもともと切れかけていたんだそうだ。つなぎ直しに出そうとしてて、ずっとそのままになっていたからいい機会だとか言っていた。真珠玉も全部揃っているそうだし」


妻「深雪さん、許してくれるの?」

 

夫「ああ、謝ればな」


妻「うん、謝る」


夫「しかし、君も深雪も、なんであんな古臭いネックレスにこだわるんだろうな」


妻「……わかろうとしないひとにはわからないよ。ごちそうさま」 



SE:カトラリーを置く音 ソファのきしむ音

 

 

夫「ちょっと、手を出して」


妻「え? こう?」


夫:「(ごそごそと何か小箱を出す)これを開けて、つけてみなさい」

 

妻「……なにこれ」

 

夫「見てわからんものは聞いてもわからんというだろう。さっさと開けろ」


妻「え? これ……真珠のチョーカー……?」

 

夫「向こうを向け。つけてやろう」



間。



夫「うん、思った通りだ。なかなかいい。君にはあんなじゃらじゃらしたのよりこっちの方が合う。これであのネックレスを羨ましがらなくてよくなるだろう?」

 

妻「(おどおどしながら)……ありがとう……すごくきれい」

 

夫「それは、養殖真珠じゃなくて、天然真珠だ」


妻「えっ?!」


夫「だから色褪せもしにくい。普段につけるといい」


妻「なに言ってんの?! 天然真珠って!! もったいなくてつけられないよ」


夫「養殖真珠は人間が心血注いで丹念に育てた貝に作ってもらうもので、天然真珠はそのへんの貝が勝手に作るやつだろう」


妻「そういうことじゃないんだってば。養殖のと自然にできたのとはお値段が全然違うんだって!」

 

夫「冗談だ」


妻「あなたの冗談はわかりにくいよ」


夫「実は、これも買った」

 

妻「……ネクタイチェーン」


夫「君のネックレスとお揃いだ」

 

妻「あ………似合う」

 

夫「だろう? 」


妻「ん…………」

 

夫「ほら、鏡を見てみろ。夫婦でお揃いのアクセサリーをつけているご感想は?」

 

妻「……恥ずかしい」

 

夫「何で」

 

妻「……なんだか、仲良し夫婦みたいで」

 

夫「違うのか?」

 

妻「なんか……変な感じ。私、あなたをゆすろうとした当り屋だったのに」

 

夫「ああ、いかにも初犯でガタガタ震えてて、車が止まってからぶつかって転ぶのには笑わせてもらった」


妻「だって、父の会社が潰れたのはあなたのせいって聞いてたから……」


夫「孫請けのせいなのに、ぜんぶすっ飛ばして私のところに来たのにはちょっと感動した」


妻「あの時は父の借金もあったし追い詰められてて……ごめんなさい」


夫「痛くもかゆくもない金額を提示したらほいほい示談に乗ってきたんで面白かった。もっと面白くなりそうだったから、結婚を条件に金額を上乗せしたら、『舐めないで』って怒り出して、そのくせに3分で了承したのには涙が出るほど笑った」


妻「だって、パニックだったし……あの時、自分の人生はこの人に買われたって思った」


夫「(笑って)いい買い物だった。君がいたら一生こんな風に面白いのかと思って提案したんだ。案の定今日も面白いしな。義妹のジュエリーを羨ましがって壊す元当たり屋の兄嫁だぞ? なかなかいい見世物じゃないか」


妻「面白がらないで。バカにされてる気がするから」


夫「バカになんかしていない。結婚してからというもの、私は毎日面白い。これは素晴らしいことだ」


妻「(納得いってなさそうに)……そうなのかな」


夫「そうとも。ただ、なんで面白いのかがよくわからない。同じ状況を本で読んでも映画で見ても全然胸に迫るものがない。多分君の才能のおかげなんだろう」


妻「……あなたって、ものすごくバカなんじゃないかと思う時があるよ」

 

夫「そうか?」


妻「私が何でお義母さんの形見を羨ましがったか、やっぱりわからないよね」


夫「ヴィクトリアンアンティークだからか」

 

妻「(さびしそうに、とつとつと畳みかけて)あなたを好きになったから。あなたと、あなたの周りの人にちゃんと好かれたいの。あなたの奥さんだって認められていたいの。あのネックレスがそのしるしに見えたの」


夫「もう好かれているんだからそんなものは必要ない」

 


SE:わりと長めのリップ音




夫「新婚のくせに殊勝すぎるぞ、君は」

 

妻「……だって、私はばかだから」


夫「ばかっていうより、君は男の趣味が残念だな」


妻「あなたも人のこと言えるの?」


夫「私の女の趣味は最高だぞ」


妻「……私も、私の目は間違ってないと思う」


夫「私が女だったら、私みたいな男は好かないと思うんだがなあ」


妻「……全女性があなたと同じクオリアを持っているわけじゃないから」


夫「(少し笑ったあと、間。ささやいて)後で深雪に謝っておけ」


妻「(ささやいて)うん」



SE:もう一度リップ音、衣擦れの音、ソファのきしむ音



夫「(ささやいて)可愛い奥さんをもらったおかげで、私は朝も昼も夜も楽しい。世界に色がついたみたいだ」


妻「何十年も、そんな風に世界が見えるといいね」


夫「見えるさ」

 

ここらへんは気が向かれたら二人で適当に溜息でも軋み音でもどうぞ。

もちろんなくてもOK。

 


 ――終劇

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