荒木田




早朝から一寸法師は密かに騒がしくなって来た。

全国から人がどんどん集まって来ている。


ゆかりちゃん、一体どうしたんだい、今日も休みを取るのかい。」


食堂のおかみが少々うんざりした顔をして言った。

彼女がいなければかなり忙しいのだ。


「本当にごめんなさい。

でも今ものすごく大変なことが起きているんです。」

「なんだい、それは。」

「あの、それはちょっと……。」


紫は口ごもる。


「そのあたりはっきりしないと、こちらも困るんだよ……。」


おかみは紫を辞めさせたくなかった。

真面目な子だからだ。しばらく皆は静かになる。


そして、


「分かった。」


定食屋の親父が言う。


「一週間ぐらい昼だけ兄貴の所の姪のあの子に頼もう。

だが、一週間だけだ。

紫ちゃん、それで良いか。」


紫は頭を下げる。


「ありがとうございます。

私はここを辞めたくありませんが、我儘を言っています。

だからその後は旦那さんとおかみさんで決めて下さい。」


おかみがため息をついた。


「まずい事に首を突っ込んでいるんじゃないよね。」


紫は首を振った。


「違います。詳しくは話せませんけど、あの、紫垣さんの事です。」

「紫垣さん?」


紫は頭を下げて店を出て行った。


二人は顔を見合わせる。


「紫垣さんってあの紫垣さんだよね、

この前あまりいい感じじゃなかったけど。」


親父が腕組みをしてなぜか頷く。


「あれはな、愛だよ、愛。」

「愛ってあんた……。」

「俺は分かってた。紫ちゃんは紫垣さんが好きだ。

紫垣さんも紫が好きだ。」

「あんた……。」


だが親父が難しい顔をした。


「だがな、ここんところ紫垣製菓は全く良い噂を聞かん。

製品が悪くなったし、従業員も次々と辞めている。

なにか起きているんだよ、中で。」


おかみは返事が出来なかった。

彼と同じ考えだったからだ。


紫は何かしらの大きな事件に巻き込まれているのではないかと

彼女は思った。

真面目なあの子に何かあっては……。


おかみは不安で仕方がなかった。




紫は一寸法師に向かった。


自分は赤い玉を見る事しか出来ない。

それでも何かの役に立てればとその一心だった。


一寸法師はいつもと変わらない様子だった。

だがいったん中に入るとぴりぴりとした気配がする。

いつもは優しい顔の老人たちも今日は真剣な顔をしていた。


紫も無言で緊張しながら奥に入って行った。

するとそこに金剛こんごうがいた。

彼は紫を手招きする。


彼女はそこに向かう。


「紫さん、お父さんが来ている。」


金剛が言う。

そして彼女が顔を上げるとそこにはしろ作務衣さむえの彼女の父親、

荒木田がいた。






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