利害の一致

「俺がこのまま姿を消したとなれば、月照は黙ってないだろうな。お前らの素行は既に伝わっているし、消息の原因と結び付けるのはそれほど飛躍した事ではない」


 俺は早口で捲し立てて、彼の高圧的な態度を突く。


「おまえ……」


 顔の皮下にある筋肉の強張りが表情を形作り、「緊張」と形容しても齟齬がない引き攣ったものが覗いた。


「月照は目障りか?」


 折り目正しくあれと躾ける人間の悪どい行為の一つに、髪を掴んで言葉による虐待を挙げたい。訝しげに俺の髪から手を離した彼の心変わりは、素直に褒めてやらん事もないが、この目付きの悪さを翻すつもりはない。


「何が言いたい」


 真意を測りかねるといった具合の彼にとって、次に言う言葉は心底、理解しかねるだろう。


「月照の頭を殺すのを手伝って欲しい」


 鼻で笑うにはこの提案は些か尊大であり、軽薄に首を縦に振るような冗談めいた了承は憚られる。彼は神妙な面持ちで閉口する他なく、容易に跨げぬ一線とやらを眼下に立ち往生するしかないのだ。俺はそんな彼の心の機微を慮り、尋ねてみた。


「名前を教えてくれないか?」


 このような単純明快な問いかけならば、言い淀む事もないだろう。


「トムだ」


 まるで迷子の手を引いている気分だった。


「よし、トム。よく聞いてくれ。二度は言わない」


 もはや縄で身体を縛られている状態が甚だ可笑しく思えたが、俺は篤とトムに説く。


「月照は、カイトウ一人の判断によって、依頼を受けるか決められていて、全ての人々がカイトウだからこそ、どんなに難しい依頼でも受け入れてくれると思っている。だが、右腕であるウスラという男は、それを快く思っていない。つまり、頭が変われば月照は様変わりし、他の冒険団にも多くの依頼が回るようになるはずだ」


 神が自分の口を借りて話しているような、流麗とした長広舌に俺は驚いていた。奇妙な感覚としか言い様がない、その胸の内を共有できる相手がいるとしたら、「カイトウ」以外にいないだろう。


「おまえは何を考えている」


 相手の利益ばかり開示するだけでは、信用は得られない。虚偽であろうと私情を幾ばくか明らかにする事により、飲み込みやすい形に整えられる。


「俺は、復讐をしたいんだよ」


 眼差しが与える人への印象は、どの時代、どの世界に於いても、語るに落ちるより雄弁であり、「復讐」という単語と合わせれば、それは真の体現者であると言えた。


「……なるほど。適当な協力者が欲しい、と」


「そうだ」


「しかしそれは、こうとも取れる。月照のリーダーを殺した罪をおれに全て被せて、自分は知らぬ存ぜぬ。都合の良い協力者」


 目から鱗だった。カイトウを殺した犯人の所在を宙ぶらりんとし、いずれ風化する時をしずしずと待つつもりだったが、他の誰かに罪を被せてしまえば、気が気でない生活に身をやつす事はなくなる。トムの用心深い性格のおかげで、一つ知見を得た。


「それは盲点だった。いい事を言うね、トム」


「……」


 解せないといった顔のトムには悪いが、これは嘘偽りのない言葉である。トムは頭を抱えて俺に背中を向ければ、名もなき地図が描かれ、どちらに進むかの思案が透けて見えた。


「それは、見通しのきいた作戦なんだろうな」


「背後を取るのが上手い貴方がいれば、益々成功に近付く」


 トムの肩が一段と下がり、如何ともし難い判断を迫られた人間の苦悩が背中越しに立ち現れた。

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