予行演習

「やり方が気に入らねぇ。カイルを襲ってまで「シャード」の名を挙げようとする、その小賢しさに虫唾が走る」


 とことん忌々しそうに言うリーラルの調子を見て、俺はある一つの提案を思い付く。それは、復讐の肥やしになると踏んだ利己的な感情の発露であり、今回の依頼の当事者として明確な義憤を抱くリーラルだからこそ、協力を仰いで然るべきだと考えた。


「なぁ、リーラル。俺は俺を襲った奴に仕返しをしたいと思ってる。手伝ってくれないか?」


 リーラルは思慮に耽り、迂闊に口を開く事を嫌った。二つ返事で俺の言葉を飲み込む浅薄な人間に頼んだ覚えはないし、その慎重さはきっと、影に潜んで暗殺を虎視眈々と狙う上で欠かせないはずだ。


「仕返し……確かに気持ちは分かる。だけど、いや、ワタシ達の面目を丸潰しにした奴らには相応のしっぺ返しが必要か」


 これから起こそうとする行動の正当性について一人吟味し、提案の可否を付けようと苦心している。


「……」


 あと一押ししてやれば、リーラルは俺の口車に乗ると判る。生まれたての雛鳥と何ら変わらない俺が、一人で事を起こして上手くいく訳がない。不首尾に終わった依頼を振り返れば判る通り、この世界で無事に目的を達成する難しさは痛いほど味わった。


「リーラル、俺は許せないよ。月照の一員として、一人の人間として、シャードに思い知らせてやりたい」


 出来る限り、その目に意思を灯らせた。伝われと言わんばかりに座視を続け、リーラルを絆す為の手段とする。傍目に見れば芝居がかった説得の一環に映るだろうが、衆目とは無縁の廊下で気にする必要はない。


「……わかった、わかったよ」


 会ったばかりの人間を拐かす機知に富んだ方法は持ち合わせていない。だからこそ、言葉は真に迫り、余程の冷血漢ではない限り、人を動かす力が生じる。身体の中に渦巻く理性と本能がせめぎ合い、複雑怪奇な感情がリーラルの目蓋の痙攣から見て取れた。


「ありがとう!」


 腰を直角に曲げて感謝の意を象る。


「あぁ……」


 飲み込み損ねた咀嚼物を口の中に感じながら、判然としない腹の虫を掻きむしるリーラルの肩に両手を置き、俺は益々のお礼を捧げた。


 コダカ・スツール。名も知らぬ国の中で最も多くの人口を有し、発展した町だと言う。月照は言わずもがな、冒険団のほとんどがこの町に拠点を置き、活動の足掛かりにしている事から、商工会のパーティーにボディーガードとして数多、召喚されたのは必然であった。


「あそこがシャードの根城」


 その風采は周囲に建つ民家と遜色はなく、掲げる看板がなければ素通りして当たり前の質素な規模である。月照を基準に考えていた為、なかなかに面食らった。出資者を求めてパーティーで大立ち回りを演じる理由も図らずも理解した。


「ちゃんとフードを被っとけよ」


 蟻の巣のように無数の小道が枝分かれする大通りに面するシャードの根城は、機運を伺うのに格好であり、それほど神経質になる事はなさそうだったが、リーラルの指示に従って韜晦を授かる。

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