挨拶
「高い金を払ってるんだ。君たち、頼んだよ」
自身が雇い主である事を殊更に意識させる言回しで俺達を踏み均す。
「えぇ、任せて下さい」
リーラルの首尾一貫した態度は、もはやここまでくると露悪的な謙りに感じてくる。干渉すれば一癖二癖ありそうな気配も漂っていて、わざわざ窘めるなどの不得手な事をし、飛び火を食らうのは避けるべきだろう。俺は黙々と目の前の扉を開ける事へ心を傾ける。
その扉の重さは、足を少し突っ張らせて体重を預ける程度の按配が必要で、雑務と呼んで然るべき筋肉の隆起が手足に現れた。ただ、二人掛かりであれば、十秒と掛からぬ合間に一人通り抜けられる程度の隙間を作れた。すると、魚の小骨を取り除いてもらったかのような、憂慮を知らぬ髪のなびきを目の端で捉える。
「おー、お久しぶりでございます」
寸前に聞いた声色とは似ても似つかない上擦った高さの音を発しながら、依頼主は懇談の場に臨む。パーティー会場は、多くのシャンデリアと思しき照明器具が天井から吊り下がっており、顔色を伺うのも難しいといった、暗さが見当たらない。仄かに香る蜜の匂いに釣られて、周囲の環境へつぶさに目を向ければ、眼下の大理石の床に気付く。掃除の行き届いた大理石から透明感を感じ、場所代を払うのに相応しい豪勢さだと納得した。
埃を立てて踊り明かす華やかなパーティーとは一線を画す、社交会のような落ち着いた雰囲気は、ボディーガードという肩書きに於いてそれは程よい緊張感を生む。時間が経つにつれ、俺達と立場を同じくするボディーガードを連れた権力者たちが次々と集まり始め、配膳係が忙しなくグラスを配っていく。
「あれ見ろ」
リーラルが耳元で囁いて、顎を使って見る方向を伝えてくる。
「国営の冒険団である事を誇示する派手な衣装はボーズ所属の証だ」
刺繍の施された赤いマントに身を包む二人組の男が威風堂々にボディーガードの役目を全うしている。冒険団の看板を掲げて依頼主を守護する同じ立場にありながら、野次馬めいた散漫な注意力を包み隠さずにいると、頬が紅潮を始めてもおかしくない恥ずかしさを覚えた。
「あれはエイラン」
印象的な羽の付いた兜と、機能美を追求した軽さが伺える甲冑は、パーティー会場内でひときわ目を引く。個人を区別して見分けるのは難しいが、画一的な見目はよく訓練された兵士の気風を湛え、従えて歩けば王様気分を味わえそうだ。
「シュバルツは……あそこだ」
もはや観光バスで名所を案内されているのと何が違う。緩んだ鼻緒の危なっかしさを、楽しげに冒険団の所在を説明するリーラルから感じたものの、俺も例に漏れず、ボディーガードという依頼に対して情熱は持っていない。ならば、リーラルの指示する方向を黙って従ってしまおう。
「随分と、アレだね……」
俺が言葉を窮したのには、理由がある。仮にも国が抱えるシュバルツの服装が、黄土色の外套一枚で他の冒険団と区別をつけようとする質素な風采に目を疑い、悪罵を用いず形容しようとすると、上手く言葉が見つからなかったのだ。
「入れ替わりの激しいシュバルツは、極めてシンプルな布一枚の衣装で済ますんだ。未だ見ぬ依頼主の不安を確かな腕前だけで信頼を勝ち取ってきた」
皮肉混じりに紹介を続けてきたリーラルの態度はこれまでとは明らかに違い、尊敬の念が込められた口吻をシュバルツへ捧げた。
「皆様、本日はお忙しい中ご足労頂き、誠にありがとうございます」
既に談笑は始まりつつあったが、改めてパーティーの開催を告げる挨拶が設けられ、皆は揃って声のする方を見た。
「今宵、このパーティーを取り仕切らせて頂きます、ユイラ酒造のリード・マーシーと申します。日頃の感謝の念を少しでも伝える事ができればと思い、この場を設けさせて頂きました。町を支え、発展させてきた皆様方の労に幾ばくかの安らぎと益々の繁栄を込めて、ご唱和願いします」
配られたグラスを掲げ、次なる一声に傾倒する。
「乾杯!」
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