お仕事の心構え
太陽が傾き始めると、人々は暗がりを嫌って齷齪と足を動かす。それもそのはずだ。街灯が灯らない町中を不用意に出歩けば、野盗の標的になるばかりか、私怨を後押しする格好のタイミングになり得る。
今回の依頼主である、貴金属の売買に精を出す主人の店前で、終業を待っている状態にあり、これからパーティー先へ向かうための爪を研いでいる。
「はぁ」
リーラルは、口を開くたびに嘆息や愚痴を吐いて、ボディーガードとしての士気を落とす。大して交流もない、偶さかクラスメイトになっただけの生徒同士がグループを組まされて、学校の行事に携わっていた身からすると、パーティーを蛇蝎の如く嫌うリーラルの気持ちも分からなくはない。ただ、依頼主の前でも同様な態度を取って、心証を悪くする恐れから、言いたくもない苦言を落とさざるを得ない。
「あの、もう少ししたら、依頼主が来ると思うんだけど……」
婉曲な言い回しながら、暗に示すのに充分な窮し方だろう。
「ヤヌザイ。特権階級意識による慮外な振る舞いによって、近隣住民から煙たがられ、常に巧言令色を向けられる立場にもあるため、猜疑心は尋常ではない。凡そ気の許せる相手がいないと思われる」
リーラルは無表情に依頼主の素性を並べ立てて、仕える馬鹿馬鹿しさを俺に説いてくる。
「わかった、わかった」
礼節を弁えろと雇用主でもないのに口酸っぱく注意するのは憚られた。
「おお、君たち。待たせたね」
指輪やネックレス、耳飾りなど、煌びやかな装飾品を自ら身に付けて、自身を広告塔とする考えは現代に於いても通用する。いくら嫌われているとはいえ、商才があるからこそ、今の立場を獲得するに至ったのだ。
「案内、頼むよ」
「承知しました」
リーラルは実務を淡々とこなす社会人の鑑だ。徹底的に依頼主を忌み嫌いながら、貼り付けたような愛想笑いで軋轢を避けている。それは、水先案内として後ろを顧みない颯爽とした歩行で依頼主との接触を意図的に避ける事にも繋がっていて、図らずも下記の言葉を引き出す。
「少し、歩くスピードを落としてくれないか」
「……」
この要望を唾棄して依頼のご破算に見合う捨て台詞を吐き、立ち去る姿がすぐさま目に浮かぶ。俺が口を挟んだ所で、全てはリーラルの気分次第だ。
「はい、喜んで」
嗚呼、解っていた事じゃないか。カイトウの期待を裏切る真似は、月照に属している以上、絶対に行わないし、世界を鞍替えした俺だからこそした、想像の産物であった。歩調を落とし恙無く案内する先に、件の建物を視認する。
周囲の建造物とは明らかに異質な、関わった人の数が桁違いだと一目で分かる規模感は、文目も知れぬ薄暗やみの中でも、その存在を把捉できた。所謂、聖堂のような神聖さを帯びており、均整が取れた凹凸の手掘りは、結集した職人の努力がありありと伝わってくる。訪問者を迎える観音開きの扉は成人男性が三人、横並びになっても通れる大きさがあった。ボディーガードである俺たちは、依頼主が歩く道を確保するために力を合わせる必要がありそうだ。
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