第二部

他人事

 復讐のタイミングを見誤ってはならない。カイトウの殺害に伴う社会的責任や犯罪行為は、この世界に於いても無罪放免とはいかないだろう。国毎に異なる死刑への認識は、人間が知能を持ったが故に生まれる思慮の深さであり、統一を図ろうなどと思うのは神の如き采配だ。だからこそ、確信犯で行う復讐は甘美なる行為にあたる。幾ら綺麗事を並べても、一度抱いた私怨は消え去ることはなく、胸の内でゴウゴウと燃え続ける。復讐は果たされて初めて、意義を持ち、人の生き死にを考える一つの事柄として消化される。ただ、無鉄砲に復讐を遂げて灰のようになるのは避けたい。


 なるべく誰にも気付かれぬように復讐を貫徹し、裁きの手から逃れたいのだ。マイヤーが言うには、カイトウの右腕であるウスラをどうにか欺いて、側から離れさせなければ復讐を勘付かれずに行うなど不可能だと言う。そう、トーマスとの手合わせに割って入った男だ。ならば今回味わった、依頼主と謀り背中を狙った野盗の卑陋なる手段はどうだろうか。此方側で依頼主を立てて、カイトウを誘き出すやり方だ。


「それはダメだね。月照に持ち込まれる依頼を受けるかどうかは、カイトウの一存で決まるけど、依頼の采配はシュミに任されているから、必ずしもカイトウが現場に降りてくるとは限らない」


「寝込みを狙うのは?」


「彼の手には複眼があって、常に監視の眼を怠らず、死角を狙った奇襲は全て跳ね除けられる」


 もはや、真正面から敵対する以外に虚を突く方法が見つからない。カイトウとの一騎打ちの機会をどうにか作り出さなければ、復讐は果たされない。


「……やけになってしまったら、負けだ」


 俺はそう自分に言い聞かせながらも、頭の中で何度もカイトウと対峙する姿を反芻した。淀んだ空気が部屋の中に充満し出し、この部屋の主にあるまじきバツの悪さを、マイヤーを巻き込んで起こしてしまう。


「焦る気持ちも分かるけど、好機は必ず来るはずだから」


 俺は本当に周りが見えていない。それが生来のものなのか、復讐によって生み出された視野狭窄なのか。どちらにせよ、カイトウを殺す手筈を整えながら、来るべき瞬間に備えることしか、今はできないようだ。


「ありがとう。マイヤー、君が居てくれるおかげで、足りない頭をなんとか働かせられる」


「僕達は友達だからね。一蓮托生だ」


 屈託なく笑うマイヤーだけを切り取れば、「復讐」という仄暗い事柄について、侃侃諤諤と工程を吟味しているとはとても思えない雰囲気である。俺だけが殺気立ち、身をやつす思いで向かい合っているかのような、空々しさを覚えた。

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