とある男の手記

「数十年前に結ばれたスカベラとの和平協定に含まれる、エブリン村の放棄は国に暗い影を落とし、義憤に駆られた人々の声が至るところで上がった。道を歩いていれば自然に耳に入ってくるほどの緊張感があり、いつ反旗を翻す鉄槌が下されるか、時間の問題だったようだ。しかし、終ぞその時はやってこなかった」


「スカべラに脅かされる恐怖が日常から消え去った事への安心感は、その為大勢の国民にとってかけがえのない平和だったのだ。ただ近年、エブリン村付近で行方不明者が散見され始めた。国営の冒険団である、「シュバルツ」はエブリン村の調査を任され、その第一陣に俺が選ばれた。手紙とは、伝える相手がいて初めて手紙という用途を付与できる。その点でいうと、この書き残しは手紙には当たらないだろう。言うなれば、記録である。そして、今置かれている状況を整理し、納得するだけの材料が欲しいのだ」


「今回の調査に託けた威力偵察は、和平協定を度外視した戦闘が見込まれる。命を賭して目の前の使命をこなしてきた俺でも、スカベラの被害に遭った凄惨な死体の数々を見聞に授かった身としては腰が引けた」


「女王以外に生殖機能を持っていないにも関わらず、男女の差異を知覚し、弄び、陰部を執拗に破壊するなどの行為が死体から見受けられ、人間に対する強い好奇心があったようだ。悪虐非道と言っていい行為に我々人間は、敢然に抵抗したが、血が流れるばかりで闘争は平行線を辿る。そんな折に、スカベラの女王が人間を餌に幾つもの命を産み落とした。その子どもは知性を備え、もとより存在した悪虐性に対して自覚的になった。対話は存在せずとも、人間とのコミュニケーションを図るようになり、エブリン村の住民と引き換えに、習性に基づく前時代的なスカベラを抑え込む事に成功した」


「前述の通り、一時の平和の為に費やした犠牲の上に成り立つ土台は、脆く崩れ始め、俺達は再び、スカベラと向き合わなければならない事態になった。よしんば接敵を余儀なくされ、剣を抜く事態に陥れば、自ら命を絶つ事も念頭に置いておこう。生きたまま弄ばれるなど、想像しただけで恐ろしい。もはや遺書めいてきたので、ここまでとする。モェナ・カール」

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