そぞろ

 言葉では身体を労るように云うが、腰に手をやって顎を上ずり見下ろす三白眼気味の切長の目付きと相まい、些かも人を慮る態度には思えなかった。それでも、癇癪を起こして飛びかかるような真似はしない。あくまでも、同じ屋根の下で顔を合わせた以上、軽妙なるやり取りでこの場を収めるべきだ。


「ありかとう、トーマス。心配してくれて」


 そぞろに呼んだその名に、男は拒否反応を示さない事から、俺は見事に男の名前を言い当てたようだ。どうして。何故なのか。疑問は尽きないが、いくら思案しても答えは出ない。


「おかげさまでこの通り、元気になったよ」


 水が合わないと嘆くより、俺はこの場に馴染む事を心掛けた。


「……」


 トーマスは、連れ立って歩いていた他の二人と顔を見合わせる。著しく空気が鈍化し、まるで差別的な用語を口にしたかのような、空気の澱みにひたすら地蔵になるしかなかった。


「なぁ、カイル。調子が戻ったなら、オレと手合わせしないか」


 目の前の不敵な笑みは、教室の隅で弱者を弄ぶ人間のソレと似ている。


「いいよ。俺は」


 もはや、「手合わせ」の内訳など度外視し、トーマスの提案を飲み込んだ上で、貶めようと試みるその卑しさを打ち砕きたい気分だった。後ろをついて歩いていると、大広間にて、俺たちは面と向かった。


「楽しみだな」


 大広間がまさか、「手合わせ」の為の広さだとは思わなかった。確かに、石の床を注視すると模擬刀による修練の跡と思しき細かい傷が付いていて、その場に立っているだけで精悍な顔付きが彫られた。


「お前ら、またやるのか」


 こんな短い間に風の噂でも流れたか。蟻の巣のように分かれた廊下よりぞろぞろと見物人が現れて、俺達を囲い始めた。その中にはマイヤーも居て、殊更に心配そうな顔をしている。


「だって聞いただろう? コイツ、急に倒れたんだぜ。手合わせの一つでもしないと心配だ」


 言っている事が無茶苦茶だ。しかし、構わない。俺はそれを受け止めるだけの心構えは出来ている。出来ている?


「さぁ、この模擬刀を取れよ」


 手前勝手に用意された模擬刀を差し出される。俺はそれを受け取り、不首尾に終わらせるつもりがない事を表明した。


「胴体のどこでもいい。一撃を入れた方が勝ち、な?」


 緩慢な構えから湛える自惚れは、俺に対する明確な貴賤だろう。打ってこいと言わんばかりに模擬刀を垂れて、闘争心が著しく欠けた目をしている。ならば、そんなトーマスを出し抜くつもりで半歩、踏み込んでからの胴体に穴を空ける勢いで突きを繰り出そう。


 突きは最も友好打になりやすい。構えによる予備動作はなかなか捉えづらく、突飛に飛んでくる切先を動体反射でのみ、いなさなければならないからだ。


「?!」


 トーマスは既の所で手首を返して、俺の突きを模擬刀を使い脇下へ受け流す。突きは諸刃の剣である。躱されれば、大きな隙を作ってしまう。だからこそ、身体ごと突っ込む必要があり、そのまま鍔迫り合いへと持ち込んで、都合よく隙を埋め合わせるのだ。


「いい反応だ」

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