身持ち
俺達は再び、先刻まで滞在していた建物へ戻った。外観は周囲の風景と齟齬がない、洋館らしい風体をしており、記憶にあるチャペルと比べる程度に、その規模感に圧倒された。庭を切り詰めて、土地のほとんどを建物とするせせっこましさは、門を潜ると数歩で玄関に辿り着ける事から明らかである。
マイヤーが鍵による開錠を無視して中へ入った。廊下を歩いて大広間に向かう途中にも、いくつもの部屋の扉を散見しており、この建物は公共性を持った、数多の人間が身を置く場所として機能しているようだ。
「ここが君の部屋だから」
ベッドの上で目覚めた部屋とは似ても似つかない部屋模様を目にする。当然の事ながら、降って湧いた疑問は口に出して確かめる他ない。
「さっきの部屋は?」
「僕の部屋さ」
この一件に関して口喧しく説明を求めるよりも、俺は今置かれている状況をより詳らかにする必要があった。
「一体、この建物は何なんだ? 他にも人が沢山住んでいるのか?」
「住んでるよ。同じ冒険団に属する者達がね」
冒険者といえば、自立した個々での活動をもっとうに未踏の地を踏むなどの文明に欠かせない、見返りを度外視した好奇心の化身だと思っていた。しかしこの世界では、冒険者は徒党を組んで、居場所となる施設を保有する程度の収入があるみたいだ。
そして、研鑽を積む為の模擬刀と思しきものが置かれていたり、甲冑の使い込まれた様子から、物騒な立場にある事が判る。急所となりえる箇所を重点的に鉄を重ねる甲冑の用心深さは、酷く重量感に溢れており、その鈍重さに追われるような気がしてならない。「倒れれば、一人で起き上がる事もままならない」や「落馬は命を落とすようなもの」と揶揄されがちな西洋甲冑に通ずるものがあり、とてもじゃないが着用する気にはなれなかった。
素知らぬ部屋を自分の部屋のように扱い、大股広げて寛ぐには、まだまだ時間を要する。というより、寝息を立てるのも難しいように思う。ベッドの上で仰向けになり、眠たげになろうと息を浅くしても、全くもって誘引できぬ睡魔の気配は、雲を掴むような感覚によく似ている。
窓もない部屋で、時間の概念は無いに等しかった。聞こえてくる鳥の囀りや日差しを頼りに朝の到来を知覚していた過去の記憶が今は恋しく思える。ただ、身体に覚える倦怠感や、荒涼たる口内の様子からして、長い間眠っていたはずだ。体内時間が正しければ、朝と呼んで然るべき時刻であり、ふと思った。
「あ、歯を磨いてなかったな……」
歯の裏を舌で舐めると、ざらついていて、歯ブラシによる掃除が如何に便利なものか身をもって知る。どの時代に於いても、所謂「歯ブラシ」に代わるものはあるだろうが、寸分違わぬ形をして、「歯ブラシ」と形容される物はないだろう。
俺は部屋を出て、大広間に向かって廊下を歩く。すると、前方から此方へ向かってくる三人の人影を見た。
「よォ、カイル。倒れたんだって? 気分はどうだ」
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