第十一話 風呂上がり決死隊

 



 後片付けを済ませた後、家のキッチンでエプロンを外す。プレイヤーのヴェノムさんに会いに行った後仙台駅から家に帰ると、ちょうど夕飯の時間だった。男の手料理ではあるが、いつも通り軽く自炊をして、一人食事をした。


 箸を右手に白米を口へ運びながら、ダンジョンシーカーズを開く。行儀が悪いと、俺を注意してくれる人はもうここにいない。



 DSの中。プレイヤーの掲示板のようなものがないだろうか、と探してみたが、特になかった。個人の結びつきで、ヴェノムさんは情報を集めているのだろう。


 日本各地にプレイヤーがいるだろうし、今後このゲームはより活動的になっていくだろう。今は様々な手段を使い、運営は全力でDSの存在を秘匿しているようだが、いつか、世間様にバレる時も来るはずだ。



 今日出会った先輩プレイヤーの女性、ヴェノムさん。彼女がこちらに与えてくれた情報は有用なものだったが、彼女の話には、違和感がある。


「…………」


 レトルトの味噌汁につけた箸を、何となく止めた。スキルを通し感じた悪寒を、今でも覚えている。







 食後。日が沈み夜の帳が町に下りてから、かなりの時間が経っている。


 ごちそうさま、と独りごち、後回しにしていた皿洗いをした。その後、日課のランニングをしていないことに気づく。しかしもう暗くなったし、今日はやめにしておこう。


 タオルと着替えをタンスから取り出して、シャワーを浴びにいく。風呂場の中。シャンプーをして、体を流した後、サクッと上がった。三分もかかっていない。


 パンツと短パンを履いた後、スポーツブランドのTシャツを着て、洗面所からでた。


 廊下に出て自分の部屋に戻ろうとした時。




「やあ! 倉瀬くん! さっきぶり!」




 俺以外誰もいないはずの家で、背後からポンと、突如として肩を叩かれた。



「はぁああああ!?!?」




 意味不明な絶対起き得ない事態に驚いて、飛び退き退避する。こんなふうに対応が出来たのも、ダンジョンシーカーズを始めたおかげだが、そもそもアプリをDLしなければ、こんなふうに人に不法侵入されることもなかったと思う。


「あ、待ってよー」


 彼女の言葉を無視し、廊下を全力で駆け抜けて、縁側に出る。月明かりが差し込む庭を背に、人の家を我が物顔で歩く彼女に気圧された。


 陽気に手をふりふりして、こっちに笑顔を向けるコートを着た女は、先輩プレイヤーのヴェノム。


 スキル『直感』が、彼女の作られた表情の下に眠る本性に対し、警鐘を鳴らしている。


 こいつ、オーガとかよりも全然やばい。ニコニコと浮かべた笑みの下は、一体何でできているのだろうか。




 本当に、洒落にならない。直感的に察知する。多分この人、俺を殺しに━━




「は……? ヴェノムさん?」


 わざとらしく呟きながら、スマホを奪われないように、強く握りしめた。


「いやー、君風呂からあがるの早すぎない? 普通に風呂の中で全裸の君を、無力化して追い詰めようと思ったのに」


「さ、さっきからなんなんですか!? ヴェノムさん、どういうことです!?」


 彼女に必死に訴えかけるようにしながら、片手でスマホを操作する。アイテム欄を開き、そこから、『打刀 竜喰』を、いつでも顕現できるようにした。


「いや、あのさ。まあ色々長くなるんだよ。うん」


「い、妹さんを救うためだって、言ってたじゃないですか!」


 口では感情的になり、焦ったような声を出すものの、『白兵戦の心得』により、自然に構えを取った俺を見て、彼女が浮かべていた笑みを霧散させた。


 凍てつくような視線を、こちらに向けている。


「ああ。もう。そういうのいいて。僕が討ち漏らしてたF級ダンジョンでも見つけ出して、何回か潜ったんだろ? チッ……だりぃな。僕戦ったこともない初心者をじわじわ嬲り殺しにするのが大好きなのに……お前、童貞じゃないのかよ」


「いや、童貞ですけど?」


「うるせえガキ。取ってつけたような口調で話してんじゃねぇ」


 こちらが敬語を使って礼を尽くしているというのに━━腹立つ。人んち勝手に上がり込んできやがって……


「うるせえババア。なんなんだお前」


「あ?」


 俺の言葉を聞き、彼女が怒りの表情を見せた瞬間。彼女のスマホから光が飛び出し、彼女がガスマスクを取り出した。続けて彼女は、指をパチンと鳴らす。


 スキル『直感』が、今までで最大級の警鐘を鳴らした。即座に縁側から庭へ降り、塀を跳躍し飛び越えて、夜の街へ走り去る。


「チッ……逃げるなよぉ! 倉瀬くぅーん!」


 ガスマスクをしてから、指を鳴らしたヴェノム。おそらく彼女は、何らかのスキルを発動させた。多分、無色透明の毒ガスとか、そんなところだと思う。ガスマスクしてるし。


 駆け抜ける道路。後ろにいる彼女から、絶対的な殺意を感じ取った。



 逃げる俺。それを追う彼女。

 彼女が再びパチンと指を鳴らすのと同時に、夜を下地にが浮かび上がる。



 紫苑の光を迸らせるそれは、俺の背目掛けて━━!



「ッ!」


 一条の光となり放たれたその一撃を回避しようと、両足で強く地面を蹴って、前方へ宙返りする。そして、曲がり角で右へ転がり込んだ。

 先ほどまで俺がいた場所を通り過ぎたそれが、民家を囲う塀を


 嘘だろ!? あんなもん食らったら、ひとたまりもない!



「クソッ!? 回避系のアクティブなんか取りやがってェ! 陰キャが!」



 曲がり角の向こう側から、怒りを露わにした叫び声が聞こえる。回避するのは陰キャなのか......


 両腕を大きく振るって、足を全力で回し、道路を駆け抜ける。


 いや、確かに怪しいかもとは思っていたが、俺を利用して金を稼ごうとか、それぐらいのことしか想定していなかった。


 まさか初日に、それも殺しに来るなんて。しかし、一体何のために?


 多分、帰路についた俺の後をつけて家を特定したのだろう。駅内は混み合っていたし、歩いて家に向かうときはもう真っ暗だった。相手はプレイヤーだし、気付けなくても不思議じゃない。


 まずは距離を取って、別の場所で戦わねば。


 風呂上がり。裸足でコンクリートの道を駆け抜ける。道路に落ちている鋭利な石が足の裏に突き刺さった。いてえ。だけど、服を着れているだけマシか。


 襲撃を受けたのは風呂上がり。最悪、全裸の可能性もあった。苦しい状況ではあるが、フルチン以外ならば、特に問題はない。


 街灯が照らす、人気のない道を行く。




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