第九話 プレイヤー:ヴェノム(1)

 



 クラシック音楽が静かに流れる店内。鼻腔を刺激する、コーヒーの匂い。


 今から『ダンジョンシーカーズ』の話をするわけだが、側から見たらソシャゲの話をしているようにしか見えないので、特に問題はない、と思う。


 頼んだコーヒーとチーズケーキを頂きながら、軽く自己紹介をした後話を始めた。


「お……僕は貴方の貼ったQRコードを通してこのゲームを始めたんですが、どうしてあんなところにQRコードを貼っていたんです? まずはそれを聞きたくて……」


 コーヒーカップに口をつけていた彼女が、一度それを置いた後返答しようとした。なんか、表情には出していないけれど、すごく驚いているように見える。


「…………ああ。君はまだ始めたばかりだから知らないようだけど、一定期間ゲームを遊んだプレイヤーは、他の人物を招待することによって、招待ボーナスを得ることができるんだよ。かといって、インターネットに書き込もうとするとブロックされるから、ああやってアナログな手段に出るしかなかったんだけどね……」


 ゲームの存在は運営により、徹底的に秘匿させられていて、情報漏洩をするものは記憶を失う、という噂もある。と彼女が言った。


 コーヒーを一口飲んだ後、彼女が続ける。


「後、アプリをダウンロードできる素質のある人間は限られているらしい。他のプレイヤーの話によると、百人に一人いるかいないか、とからしいよ。ま、ともかく、招待ボーナスなんて、ゲームじゃよくある話だ」


 QRコードから飛んだ招待状の文言には、”素質”ある貴方に提供される、なんて謳い文句があったが、それはマジだったのかもしれない。


「へえ。ちなみに、どんなの貰えたんです?」


「…………現金と、今後実装されるらしいゲーム内マーケットで使えるクーポンだ。君はダンジョンに突入したことがないだろうから分からないと思うけど、アイテムは本当に重要なんだよ」


 (この人、なんで俺がダンジョンに突入してないと思ったんだ……?)


 そう疑問に思うも、確かにゲームを始めた直後にダンジョンへ突入している奴がいるとは誰も思わないだろうな、と一人納得した。何がなんだか分からなくなって、先輩プレイヤーから差し出された手に縋るのが普通だ。


 説明書を読んでいて気づいたが、ダンジョンというのは限られたリソースだ。ライバルにそんなダンジョンの情報を売る奴はいないだろう。しかしビギナーになら、親切心で教えることもあるかもしれない。


 好都合だし、このまま初心者のふりをする。


「色々聞きたいことがあるんですが……スキルというのは、何を取ればいいと思いますか?」


「ああ。スキルだね。最初に10SPが付与されているはずだから、それを使って『スラッシュ』などのアクティブスキルを取るといい。基本的にパッシブは弱い。アクティブの方が強いから、おすすめだよ」


(はあ? そんなに強いのか? アクティブスキルは)


 内心、パッシブスキルの強さを知っているが故に、彼女の言葉に懐疑的になるが、なるほど、と答えて、初心者のふりを続ける。


「プレイヤーはダンジョンのアイテムを除いて、銃といった近代的な武器をで持ち込めない。だからアクティブスキルを取得して、近接戦で戦えるようにすればいいと思うよ」


「アクティブスキルって、どんな感じのスキルなんですか?」


「発動しろと念じると、体の動きを補助して、攻撃を行うスキルのことさ。どんな素人でも簡単に使えるし、カスタムもできるから便利だよ」


 かちゃ、と彼女がフォークを動かして、チーズケーキの先の方を食べる。


「アクティブを取ってレベルを上げた後は……必須級のスキルを取った後、君の『素質』に合わせてスキルを取っていくといい」


 知らない言葉が出てきた。初心者のふりをしよう、とか考えていたが、プレイヤー間ですでにコミュニティは出来上がっているようだし、ゲーム上にはない攻略情報が共有されているのだろう。


 ふりとかじゃなくて、普通に初心者だったわ。俺。彼女と同じように、チーズケーキを一口食べる。うま。


「『素質』ってなんですか?」


「ああ。ごめんね。これは、DSにも載ってない情報だから知らないと思うんだけど、習得可能スキルって、個人プレイヤーによって全く違うんだ。魔法系スキルの習得に大量のポイントがかかる人もいれば、他の人に比べて、少量で済む人もいる。こういうのは、実際に比較できる人間がいるといいんだけど……」


 首を傾げ、言外にスキル欄を見せてくれないか、という彼女を前に、少し考え込む。ここでスキル欄を見せたら、一度ダンジョンを踏破していることがバレるし、こちらの手札を相手に晒すリスクがある。


 それと先ほどから、パッシブスキル『直感』が、と伝えてくるのだ。落ち着いた、大人びた女性という印象しかないはずの彼女に、強い警戒心を本能的に抱く。


「お気持ちはありがたいですが、何から何まで、世話になるわけにはいかないですよ。ヴェノムさんのスキル欄を、見せてもらうわけにもいかないですし。ご好意は嬉しいんですけど、本来こういうのって、見せないものでしょう?」


「……そうだね」


 しかし、道理で納得だ。『スラッシュ』といった基本的なスキルは、一律10ptだったけど、魔法スキルは属性によって習得ポイントが全然違かった。例えば、風魔法が30SPで、光魔法が50SPとか。説明文を見た感じ、そこまで強さに差があったようには見えなかったので不思議だったんだけど、そんな理由があるとは。


 そのことを考慮すると、あの武器スキル『秘剣 竜喰』の異質さが目立つ。多分、素質云々を除いて、ただ単純に高ポイントなんだろう。


 しかしパッシブが弱いというのは……よく分からない。まだ情報がいる。


 やはり、彼女と会うことを決意してよかった。


 喫茶店の中。壁にかけられた、古時計を見る。まだまだ、彼女と話す時間はあった。



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