224.転校生-若葉
桜咲く春の季節。
まだほんのりと寒さが残るが、それでも真冬に比べたら十分過ごしやすくなった頃。
それは新たな生活の幕開けでもある。
小学から中学、中学から高校、はたまた就職など、人それぞれ転機といわれる季節だ。
もちろん俺も例に漏れず心機一転新たな生活が始まるといえるだろう。人生の多くの時間を費やす学校。1年から2年に上がり新たな教室での勉学となる。学校の変化や就職の開始と比べたら軽微な変化かもしれない。しかし学年の変化はそれはそれで新しい生活の幕開けである。
新たな学年、2年生。
肩書の数字が一つ上がるだけでなく教室の階数さえも上がった今日。辺りを見渡せば見知った顔に見知らぬ顔が入り交ざりながら座っていた。どの学校にも存在するであろう制度、クラス替えによってかつて話したクラスメイトはどこか別のクラスに行き、はたまたまだ話したことのない生徒が新たにクラスメイトとして仲間入りした。
………と、言っても俺にとっては殆ど関係ない話。
そもそもの問題、友達の少ない俺から見れば多少クラスが変わったところでそもそも話す人が少ないのだから何の影響もない。ただ雰囲気が変わったな、と感じる程度である。
だが、それは去年までの話。小学・中学に関してはクラス替えしようがしなかろうが特別な感情も持ちえなかったが、今年からは全く持って別の感情が生まれていた。
それは歓喜。喜びに打ち震える特別な感情。
右から左へと教室後方から様々なクラスメイトの後ろ姿を眺めているとふと、俺の視線に気づいたのか一人の女生徒がこちらを振り返ってはにかむ笑顔を見せつけながら小さく手を振ってくれた。
腰まで届く茶色の髪、そして赤い縁の眼鏡が特徴的な彼女こそ名取 麻由加。俺の想い人である。
2年生という新しい学校生活における最高のスタート。なんだか彼女の隣に座る松本さんがニヤニヤとした顔で見てきているが知らんぷり。"変なの"も一緒に付いてきたという認識だ。
松本さんは置いておいてやはり麻由加さんと一年間同じクラスなのは…………イイッ!
去年までは別クラスでなんだかんだ一緒なことは少なかったけど、これからは一緒だ。マラソンで一緒に走ることもできるし実験を一緒にすることだってできる。文化祭で出し物を一緒にやることだってできるんだ!
そう考えるとワクワクしてきた。彼女とさえいっしょなら後のことは大抵のことはどうでもいい事である!
………まぁ、大抵のことは些事であるのだけれど、気になることが一つだけ。
机の下でグッとガッツポーズをしながら向いた先は左右の机。そこは誰も座っていない空白の机と椅子が置かれてあった。
我が校はクラス替え発表時、暫定的な席が教員によって割り振られる。今日来たときも出席番号順で並べられた席が張り出されており、幸運にも一番後ろという最高の席が割り当てられた。
しかしこの両側の席……二つとも空白だったはずだ。あからさまに俺だけ隔離されたような陸の孤島。しかし実際に座ってみると机が置かれており、チャイムが鳴って生徒全員が集まった今でさえも空白だった。
これはもしかしなくても、転入生というものだろうか。
耳をすませてみれば俺と同じ結論に至ったようで「転入生が……」「誰が来るんだろ……」「可愛い子だといいな……」などといったささやき声が口々に聞こえてくる。
新しい顔に気を引かれはするが、行ってせいぜいそこ止まり。俺にとってはどうでもいい。どうせ関係ない話なのだ。そういうのは好きな者同士で勝手にやってくれればいい。
ほら、そうこうしている内に先生がやってきた。
2年の担任は……同じか。図書室を管轄とするおばあちゃん先生。俺にとって一番世話になっているであろう先生が担任なことに少し安堵し、教壇に立つ姿を目に収める。
「皆様、おはようございます」
先生の挨拶の後、口々に生徒たちの声が聞こえてくる。
きっとみんな新しい仲間の来訪を待ちわびているのだろう。しっかりと挨拶をするものの、浮き足立った雰囲気が抑えられていない。
そして先生もそんな生徒の心を汲み取ってか、自己紹介もそこそこに皆が一番気になっている事柄を早々に上げた。
「――――みなさんもお察しだと思いますが、今日から新しい仲間がニ名、このクラスに加わります
ザワッ――――。
一瞬クラス中が騒然となる。1年から2年という、まだまだ知らない人が多くいる空間だがやはり転入生というのは特別だ。
しかし1人ではなく2人。やはりと同時にこれには驚いた。転入生が入る時はクラスをバラけさせるのが普通だと思っていたから。それとも全クラスに転入生が来たとでもいうのか?
そう口々にクラスがざわめき出すも先生は特に気にする素振りを見せず閉められた扉へと目を向ける。
「……さぁ、入ってください」
一体どんな人が来たというのだろう。どうでもいい話ではあるのだが、こうも大々的にやられると興味も出る。
初めての顔。誰も知らない生徒。どんな人が来るのだろうと皆思い思いに好きな姿を想像して待ちわびる。
「失礼します!」
先生の呼びかけからしばらくの静寂の後、凛とした声が教室内に響き渡った。
初めて目にする仲間、数十人を前にする緊張。そんな戸惑いを一切感じさせない芯のある声。
まるで幾度も人前に立ったことあるかのような自身のある言葉とともに扉を開け放つ。
教室の扉を静かに通ってまっすぐ背筋を伸ばして教壇に上がるのは、我が校の制服に身を包んだ女生徒だった。
腰ほどある紺青の髪をたなびかせ、しっかりとした足取りで先生の隣までやってくる。一房だけを前に垂らし、翠の瞳をこちらに向けるやいなやニッコリと可愛らしい笑顔を向ける。
――――いや、これは………そんな馬鹿な…………・。
「今日から一緒に勉強することとなりました、水瀬 若葉って言います!みんなっ!よろしくね~!!」
それはまごうことなきアイドルスマイル。
後ろ手に小さく首を傾げ、いつか見た写真集とそっくりな笑顔をクラス全員に向ける。
そして、アイドルスマイルをモロに受けたクラスの者々はしばらくの静寂の後、
「キャ………キャァァァァァ!!!!」
まさに悲鳴にも似た松本さんの歓喜の声を皮切りに、教室が湧いた。
声のみで教室が震えるなんてことはかつてあっただろうか。そう思わせるほど現場は大混乱。そして俺の脳もエマージェンシー。
「なっ……なっ……なっ……!?」
なんで若葉がここに……!?
アイドルだった彼女が、あろうことかウチの学校に!?
年齢とか一言も聞いてこなかったとか色々と聞きたいことはあるが、湧き上がる教室の中で俺は真っ先に麻由加さんを見た。
何か知ってるか!?その視線を込めて向けた彼女は以心伝心の如く振り返り、驚いた瞳のまま首を横に振った。つまり女性陣でさえ知らないことだ。
「はいはい皆さんお静かに。気持ちはわかりますが挨拶の時間がなくなってしまいますよ」
いつまで経っても収まりを見せない生徒たち。
永遠かと思われるような沸き立つ生徒たちを静かに収めた先生は柔らかな微笑みで彼女に告げた。
「水瀬さんはそこの……中央一番後ろの席にお願いしますね」
「はいっ!」
スッと指差すは俺の真横。空白となっていた片方の席。
元気な返事をした若葉は、迷うこと無くこちらに向かってきて、その翠の瞳とともに元気な笑顔を俺一人に向けた。
「お隣さんだねっ!これから――よろしくねっ!」
「…………」
向けられる笑顔に俺も笑みを向けるが、その頬は引きつってしまう。
何も知らないテイで横に着席する若葉。
しかし俺には分かる。さっきの挨拶で一瞬だけ生まれた間。そこで"ずっと"という言葉が含まれていることを。
なんで……どうして……!?
そんな疑問ばかりがグルグルと頭を駆け巡る。その間にもう一人が近づいてきた気もしたが認識することなどできやしない。
キッと若葉を見るもやはり彼女は知らん顔。周りのクラスメイトたちに愛想を振りまいている。
そんな素振りを見せやしなかった突然の登場に俺は終始混乱し、授業でさえも気も
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