008.激辛たこ焼きの行方


「初めてくる場所だったし、どこに連れていってくれるのかなって楽しみにしてたんだけど――――」


 とある室内で、少女のつぶやきが様々な音にかき消される。

 彼女の目の前には数畳程度の小さな空間が広がっていた。

 室内はテーブルと椅子で殆どのスペースを占められており、お世辞にも広いとは言えない空間。

 壁にはモニターが取り付けられていて、既に電源が付けられているのか様々な音楽が絶え間なく流れてくる。


 外に意識を向けると長い廊下にいくつもの扉が目に入り、どこの部屋かは知らないが何者かのノリに乗った歌声までもこちらに届いてくる。

 そこは数多くの人物が来たことのあるだろう場所。どこにでもある、多くの学生から支持を集める遊戯施設。


「―――まさか真っ先に連れ込まれるのがカラオケだなんてねぇ。 もしかして陽紀さん、そんなにおねーさんと二人きりになりたかった?」

「ち、ちが……!俺は別にそんなんじゃ……!!」

「ホントかなぁ~? ま、私はどっちでもいいけどねぇ~」


 クスクスと笑いつつ、一足先に椅子に座っていく水瀬さん。

 まったく、アスルなのか水瀬さんなのかコロコロと口調も変わって調子狂う。



 図書委員での活動を終えた金曜日の放課後。

 俺は突然学校に現れたアスルこと水瀬さんとともに、カラオケへと訪れていた。


 あの後2人で学校を出てからどこに行こうか悩みに悩んだ。

 カフェでお茶とかボウリングで遊ぶとか神社でお参りとか様々な道を検討した。

 けれどどれも却下。思考するたび行き着く関門にどうしても却下せざるをえない事情もあった。


 それは彼女が著名な人物であるということ。

 今朝方休止したとはいえ彼女は立派なアイドル。それもトップニュースで特集が組まれるほど人気なのだ。

 つまりそれだけの露出リスクもあるということ。こんな田舎でも下手に人目があるところで遊んだらパニックになることは容易に想像がつく。


 更にいえば一日の殆どを学校とゲームに費やしている俺は、外で遊ぶということが殆どない。

 彼女もおらず、友達も少ないのも相まって選択肢が非常に狭まれるのだ。

 そこで思いついたのがここ、カラオケ。ここならば個室で人の目を気にすることもなく、彼女もノンビリと過ごすことができるだろう。

 1つ気をつけることがあるとすれば、警戒すべきは人の目ではなく人の耳といったところだろうか。


「カラオケも久しぶりだぁ。 さて早速、何か頼もうかな……」

「え、なにか頼むの?」

「もっちろん! カラオケ来たら色々つまむのは鉄板でしょ! 陽紀さんも好きなの選んでいいよ。おねーさんが奢ってあげるから!」


 机を挟んだ向かいに座った彼女はテーブルにメニューをバサッと広げて俺にも見えるように吟味しだす。

 まさか注文するだなんて考えもしなかった。こういうところの料理って結構割高だから貧乏学生の俺にとっては頼みたくても頼めない代物だったのに。これが社会人と学生の差か。


「…………」


 ふと、気になってメニューに目を向けている彼女を見る。


 サングラスと帽子を外して素顔を露わにした少女。

 綺麗な金青の髪こそ未だ上着の下に隠しているが、その艶のある髪にくわえ整えられた眉、愛嬌のあるクリっとした翠の瞳に通った鼻筋。

 当然というのはおこがましいかもしれないが、やはり彼女の容姿は他俺の知っている人物の中でも卓越していた。

 笑顔の輝く可愛らしいだけの女の子と思えば、こうして真剣にしている姿は凛々しく見える。


「―――うん? どうしたの?こっち見て。なにか付いてた?」

「………いや。なんでもない」

「そう? ならいいけど」


 少しメニューに顔を向けるのすら疎かになってしまいすぎたようだ。

 気づけば俺はジッと彼女を見ていたようで、その視線に気づいた彼女もこちらに向けられる。


 なんでもないように振る舞うとすぐに納得してくれたが、出会って初日から変な人だと思われただろうか。

 雪以外の女の子と街なんて初めてなんだよ!仕方ないじゃないか!!

 ……なんて聞こえるはずもない無駄な言い訳をしつつ、俺もメニューに目を落とす。えぇと、たしか雪と来た時は……


「無難にポテトとか?」

「いいねぇポテト。あとはこれなんてどう? ロシアンたこ焼き」

「…………いや、それはいらないんじゃない? ほら、ここのロシアンってかなり入ってるって有名だし」


 俺の指さした先に頷きつつも続いて彼女が示したのはまさかのたこ焼きであった。

 たこ焼きであってもただのたこ焼きではなく、4個セットの中に1個だけ激辛わさびが入ってるという代物。しかもこの店は辛いのだ。かなり辛いのだ。

 昔雪と奮発して頼んだ時、喰らって泣きを見たことをよく覚えている。あの時は目から汗が長いこと止まらなかった。


 だめだ。あの時の事を思い出したら自然と言葉に震えが…………。


「大丈夫大丈夫!私辛いの自信あるから! …………えいっ!」

「あっ!!」

「大丈夫大丈夫!このくらい食べたうちに入んないって!!」


 ピッと。

 メニューからリモコンに持ち替えた彼女の手は手早い動作で数字を入力し注文ボタンをポチッと押して見せる。

 もはや止める暇さえもなかった……。そんなに……そんなにスリルが好きか!チクショウ!!


「夜ご飯もあるし、頼むのはこんなものかな~」

「……そうだね。 じゃあ、なにか歌う?」

「それもいいけどぉ……。 その前に見てみて私のスマホ画面!!」


 飲み物は来る途中に準備したし料理も頼んだ。あとはカラオケの主目的のように歌うだけだ。

 そう思ってマイクを取り出そうとしたが、それより前に彼女は俺の隣まで移動して自らのスマホを俺に見せつけてきた。

 これは……ホーム画面?映し出されてるのは――――


「―――昨日の結婚式?」

「そう! ふふん、上手く撮れてるでしょ~!」


 昨日。正確には今日だから昨夜といったほうが正しいのかもしれない。

 ともかく、そこに映し出されているのは俺たち2人のキャラだった。

 ゲーム内に実装されている画像編集機能をフルに使い、フィルターはもちろんハートマークのエフェクトもそこかしこに散見されている。

 まさにラブラブカップルのよう。お互い男キャラではあるのだが。


「上手く撮ったなぁ。俺なんてエフェクト全然使いこなせないのに」

「慣れだよ慣れ。あとは昨日アフリマンを倒したときの写真とか、式のあと海に行ったときのとか――――」


 ロックを解除したら既にそこは写真画面。彼女が指を左右にスライドするとともに俺や仲間たちが映っている写真がとめどなく流れていく。


「あ、これとか!アフリマンの攻略初期にスキル暴発してセリアが突っ込んだ時の!」

「あぁ……あったねぇ! 確か5秒と持たなかったんだっけ?」

「そうそう!必死に自己ヒールしてたのにね~」


 流れるスライドとともに思い出されるのは当時の記憶。

 そういえば攻略し始めの頃はそんなこともあったなぁ。あれからもう1年も経つのか。

 あの時はアスルとも出会ったばかりで他人行儀だったが、今ではもう結婚するほどになるなんて。


「結婚したから昼に昔の写真掘り起こしてたらさ~! もう懐かしくって気づいたら夕方になってたの!」


 結婚――――。

 そういえば俺、この子と結婚したんだよな。

 男と思っていたけど実は女の子で、それも有名なアイドルで……。


 気づけば隣に座る彼女は前のめりになってスマホを俺に見せつけているようで距離がかなり近くなっていた。

 手を伸ばせば触れるどころか肩まで抱けるほどの距離。その事実に今更気づいて思わず目を丸くしてしまう。


「……ん? どったの?」

「な、なんでもない。 ほら、そろそろ帽子被らないと店員さん来ちゃうよ」

「あぁ、そうだったね。 危ない危ない」


 危ないのはどっちだ。

 さっきまですぐ近くにいた彼女だったが、その言葉によって店員さんが来襲する恐れに気づいたのか手早く戻って帽子とサングラスをセットする。

 まったく無防備な……そんな無防備さで、よく芸能界で仕事できるな。


「じゃあ私はそろそろ曲探そうかなっ。もちろんセリアも入れるよね?」

「え、俺も!?」

「もっちろん! セリアの美声、期待してるよ!」


 そりゃあカラオケに来たのだから歌うのは当然だろうけど、プロの前で俺も歌うの!?


 それは予想していたけれど考えないようにしていた事実。俺は恥ずかしさから、全力でネタ曲に振り切るのであった。







 ――――ちなみに先程頼んだロシアンたこ焼き、敗北者はもちろん俺。

 とめどない涙を流す俺。彼女はそんな俺を見て笑いつつ、そっと炭酸飲料を手渡すのであった。

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