006.待っていたのは――


 俺が彼女のことを気になるようになったのはいつからだったろうか。


 名取 麻由加。

 隣のクラスに在籍している彼女と初めて会ったのは春。図書委員の集まりだったと記憶している。

 高校に入学し、じゃんけんに負けた結果配属されることとなった委員会。最初はゲームができる時間が減るからと非常に鬱な状態で仕事をしていたが、毎週一緒に会う彼女とともに作業をしているうちに打ち解け、気づけば俺の視線は彼女を追っていた。


 貸出を求める生徒に判子を押し、気が向いた時に本の整理を行って、ほとんどの時間はカウンターで本を読む。

 なんてことのない作業。1週間に1度の暇すぎるモラトリアム。

 ほとんどの人はなんてことのないからと適当にこなしたり、人によっては来なくなることすらあるだろう。それほどまでに退屈な仕事なのだ。


 けれど彼女は手を抜かない。真面目に、愚直に、実直に。

 そんな姿をずっと近くで見てきた。締めるところはしっかりと締め、それでいて作業が一段落すれば今日みたいに雑談をするくらいの柔軟さも併せ持つ。

 だから俺も釣られて仕事に打ち込み、終われば小声で雑談をする日々を送っていた。そして気づけば彼女のことが気になるようになってしまった。

 興味もなくつまらないであろうゲームの話を楽しそうに聞いてくれるし、興味深く深掘りもしてくれもする。だから俺も彼女に惹かれるようになったのかもしれない。



 ―――そして今は、そんな気になる彼女と一緒に学校の出口へと向かっていた。

 出会って半年。初めての一緒の帰宅。これまでは塾や習い事の時間が迫っていたり、天気の関係で迎えが来ていたりでチャンスに恵まれなかったが故に、校門以降一緒に帰るのは初めてであった。


 気になる相手と初めての帰宅。もしかしてこれはデートではないだろうか?

 これまでモテるなどとは無縁だった俺。デート自体も当然経験がなく、突然降って湧いたチャンスに思わず胸が踊りだす。


 もしやこれがアフリマンを倒せた報酬とでもいうのか……!?ありがとう!アフリマン先生!!



「おまたせしました。それでやっと倒せたという……アフリマンでしたっけ。昨日はどれくらいトライしたのですか?」


 昇降口で靴に履き替え、ボスに謎の感謝を伝えていると、追いついてきた彼女が早速問いかけてきた。

 トライ……トライね。全滅回数でいえば覚えてないほど相当数だろう。下手すれば昨日だけで50近く行ってるかもしれない。


「どれくらいだろ……時間でいえば9時集合で2時に倒せたし、5時間くらい戦ってたかなぁ」

「5時間!その間ずっと集中するのは疲れたでしょうね……。お疲れ様でした」


 隣を歩きつつ、ペコリと会釈するすがたに思わず胸が暖かくなる。

 こういう真面目で心遣いが上手いところが彼女の良いところなんだ。聞き上手な上に相手をねぎらうことも忘れないなんて完璧か。俺だったら絶対できない。


「ありがと。 でも、名取さんは呆れないんだね」

「? 何のことですか?」

「ほら、5時間もぶっ続けでゲームして。 母さんや妹にはよく時間の無駄って言われるけど、名取さんは言わないんだなって思って」


 正直、俺は頭がいい方ではない。

 完全に中の中。平均を超えるか超えないかの瀬戸際ラインだ。

 そんな成績な上毎日ゲームに精を出しているものだから、母さんや妹にはよく小言をもらっている。最近は特に受験のプレッシャーを受けている妹から。


 クラスメイトと話す時も呆れ半分でそんな事を何度も言われた。しかし彼女からはそんな言葉を聞いたことが一切ない。

 だからふと気になって訪ねてみると、「そうなんですか?」と少しだけ驚かれる。


「芦刈君は課題や家事のお手伝い等、やらなきゃいけないことはやってるんですよね?」

「うん、もちろん。 そうじゃないとゲームすら許されないからね……」


 ゲームをするにあたって、流石に最低限のやるべきことはやっている。そうでないと許されないから。

 だからこそ小言で収まっているとも言えるか。


「じゃあ、構わないのではないのでしょうか? やるべきことをやっているのであれば」

「でもほら、勉強しないといい大学とかいい会社に~って言われたりしない?」


 大体母さんからの小言といえばそれだ。

 お決まりになったセリフ。確かに俺も危機感を覚えなくはない。けれどやりたいことが今目の前にあるのだ。仲間との約束もあるし、ついつい手を出してしまう気持ちもわかってほしい。


「確かに私の母も妹にそう言っているのを耳にしますね」

「でしょう?」


 名取さんに妹さんがいたのは初耳だが、今はそれよりどこの家庭も同じようで安心感を覚える。

 どこの母親もその言葉は鉄板で、子供も俺と似たりよったりみたいだな。


「でも私は別に構わないと思いますよ」

「そうなの?」

「はい。ゲームと言っても反射神経だったり思考能力だったり鍛えられますし、芦刈君のやっているゲームはコミュニケーションツールとして、様々な人と交流することでまた違った刺激が期待できます。 するべきことをしないのは問題ですが、それさえクリアすれば気にすることないと思いますよ」

「…………」


 彼女の台詞は俺が言葉を失うのに十分足るものであった。

 ゲームはゲーム。ただの娯楽。自らハマっている身ではあるが、ゲームについてそう認識していた。

 何の役にも立たない、まだ寝ていたほうがマシ。母さんの言葉を耳にしてそう思いながら画面に向かっていた日は1日や2日どころじゃない。

 だからまた違った視点が、ゲームにハマりつつも直面していた悩みを取ってくれているようで、ほんの少し心持ちが軽くなる。


「……ありがとう、名取さん。何だか悩みが軽くなった気がするよ」

「私としては思った事を言っただけで悩み相談のつもりはなかったですが……芦刈君の為になったようで何よりです」


 ホントに、いつの間にお悩み相談になったんだか。


 自分で聞いといて勝手に解決していることに心の内で苦笑していると、ふと目の前に校門が見えてきた。

 昇降口からほんの少し距離がある我が校の校門。なんてことのない普通の、テンプレートそのものだ。

 これまでだったら校門まで一緒に歩きはするがそれ以降は分かれていた。けれど今日はそうではない。一緒に帰るというのだからこの先も2人で歩けるのだ。

 さて何の道を通って帰ろう。なんだったら遠回りで街のを通るのもありかもしれない。

 それだったら通りがかったついでという名目でゲームしたりカフェ行ったり……デートみたいなことができる!

 

 よし、決まり!

 決まったからには早速名取さんにルートの提案を――――


「芦刈君、あの方……お知り合いですか?」

「――――えっ?」

「ほら、校門の端に立っている方…………」


 俺が即興ながら完璧な作戦を立てて提案しようとするも、それより早く名取さんから疑問の言葉が呈された。

 こちらに示すように手を掲げた先には確かに人が。邪魔にならないよう校門の端のほうに立ち、こちらに向かって大きく手を振っている。

 俺たちの後ろは……誰も居ない。つまりあの人物の見間違いでなければ俺、または名取さんの関係者みたいだ。

 遠くて何者か判別することはできないが、スカートを履いていることから女性と推測できる。


「いや、妹ならここまで走ってくるだろうし、心当たりなんて全然――――げっ……!!」


 そう、妹なら大声で俺の名を呼ぶか、違う学校だろうと俺のいるところまで突撃してくるハズだ。

 母さんだったら連絡を絶対入れる。校門で待つような真似はしない。

 これにて知り合いの女性は終了。つまり俺に心当たりなんて一切ない。


 ――――そう思っていた。

 けれど今日、新たに知り合った女性がいた事をすんでのところで思い出す。

 今朝突然ウチにやって来て、話している内に遅刻してしまったかの人物を。


 一歩、また一歩と進むごとにその姿はドンドン大きくなる。

 深く被った帽子、日焼け対策なのかまだ日が出ている時は暑いというのに長袖を着ている姿、そして何より、首元から見える夕焼けに照らされた金青の髪は見間違いようがなかった。


「陽紀さん!待ってたよ!!」


 元気よく手を振りながら校門で待ち構えている人物。

 近づいても目元は見えないが間違いない。


 彼女は今朝会った水瀬 若葉さんその人であった――――。

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