女吸血鬼がなまぐさエクソシストを眷属に従えた話
【偽】ま路馬んじ【公認】
女吸血鬼となまぐさエクソシスト
満月の照らす、ホコリとカビの匂いがするベッドの上。
俺は、なんとも艶めかしい表情をする少女に……首筋を舐められている。
少女は黒のゴシックロリータな服で着飾って、まるで育ちのいいお嬢ちゃんにしか見えない。
対して俺は……半裸でベッドに寝そべって、そんな少女にいいように弄ばれている。
俺の意志じゃない。
身体が、ピクリとも動かないんだ。
鍛え上げた腹筋が泣いている……。
「あはっ。こんな姿の僕に手も足も出せないで捕まっちゃうなんて、今どんな気持ち?」
「うるさい……さっさと殺せ。―—ぐっ!」
生意気な口ぶりに精一杯の反論をするものの、首を噛まれた痛みに喘いでしまう。そんな声を聞いてまた、少女はいたずらに微笑んだ。
「何か勘違いしてないかい? キミはもう僕の玩具だ。だから……ほら、もっと声を聞かせておくれよ」
そして少女は、自らも服を脱いで、白いすべすべの肌を披露してみせた。
見たくなくても、嫌でも目につく……。
白い肌とは裏腹に、漆黒の皮翼をバサッと広げて小さく伸びをした。
時折脈打ち、意思でもあるかのように軽く羽ばたく。
今この瞬間が、とても喜ばしいことであるかのように……。
「……汚らわしいモンを見せつけてんじゃねえよっ!」
「おや? 勝手に見てるのはキミだろう? まあここ以外にも、僕の身体は余すとこなく見どころ満載だけどね」
少女は自らの翼を撫でて、それからにやりと笑って、その鋭利な牙を挑発的になぞった。
みずみずしく潤って……雫が一つ、糸を引いて俺の腹筋に熱く垂れた。
眼を見張ることしかできなかった。
俺は……どうなっちまったんだ? 口では懸命に拒んでいても、どう足掻いてもこいつな言いなりになってしまう。
ただの一瞬……。
吸血鬼に囚われた、か弱い少女だとばかり思って油断して、背中を見せた瞬間にまんまと首筋を一噛みされた。
まさか、まだ年若く見えるこいつ自身が、数千年も生きた吸血鬼だなんて想像すらしなかったよ。
だが即座に振り払い……血は1ccだって吸われてないはずなんだ。吸血鬼が人間を奴属させるには一定量の血液を必要とする。……はずなのだが、しかし奴には、一舐め程度の血があればそれで十分だったようだ。
悪しき存在を滅する、神の使いであるエクソシストの俺が、まんまと敵に捕まり嬲り者にされてるなんざ、とても仲間に顔向けできないな……っ!
「なぁに考えてるのさ。こっち向けよ」
「うっ」
とすん。と胸にささやかな重圧を感じて我に返る。
少女姿の吸血鬼が乗っかってきたのだ。柔らかで軽くて、手足はすらりと細い。
何より、とても……妖艶だった。
目の前にある少女の上半身は膨らみのないまな板なもので、俺の食指にはかからないはずなのに……。
全身がが粟立つ。
俺はこれから、ガキのような見た目の吸血鬼に陵辱されるのだ。
自分の生唾を飲む音が聞こえた。
吸血鬼もそれを聞いて、くすりと笑う。
「……期待してるぅ?」
「ふざけんな。喉笛噛みちぎってやる」
俺の悪態にブルッと震えて、吸血鬼はさらに表情を高揚させた。
「あはっ」
「お、おい……や、やめろ……っ! おい!」
吸血鬼はおもむろに、ウエストから両手をするすると滑らせてズボンへと着地。そのまま、奴はゆっくりと脱ぎ始めて――!?
「あっははは! 冗談だよ、冗談!」
あわやストリップを繰り広げる事態は阻止された。ほっと安堵の息が漏れる。
「ため息? そんなに続きが見たかった?」
「ちがう。嘆息だ」
気持ち悪い。反吐が出る……そう思っている、はずだ。この俺が、こんなことをされて悦ぶはずがない。こんなナリでも敬虔なる神の信徒。エクソシストだぞ!?
とうてい受け入れられない心情が、声となって拒絶する。
「いったい何がしたいんだ……! 吸血鬼の玩具はうんざりだ! さっさと殺せ! でなければ貴様が死ね!」
「やれやれ。口だけは元気だね。……いいよ。それじゃあ、僕との勝負に勝ったら解放してあげる……ううん、君に殺されてあげてもいいよ」
戦慄――。
だめだ、それを受け入れるな。目に見える罠だ。甘い誘惑に乗せられるな……! それをしてしまえばもう……俺はきっと、後戻り、できなくなる。
これは悪魔の契約だ。口約束だろうと、一度交わした契約を反故にすることは許されない。
「――上等だ。後悔するんだな……」
俺は一体、どんな表情で、奴の次の行動を待っているんだろう……。
「やっぱり君は……最高だ。すっごく僕好みだよ」
吸血鬼は俺の胸板に倒れ込んだ。顔を上げて少女の奇麗な顔立ちが接近する。
「お、おい、勝負ってのはなんだ……んっ!?」
……そしてゆっくりと俺の口の中へ……溶けていった。
ハチミツのようなぬめりが口腔内に広がった。
固く尖った牙が俺の舌を挟み込む。
人体で最も柔らかなその部位は、案の定、人体で最も硬い部位でもって――貫かれた。
「いでえっ!」
ドクドクと口の中に粘り気を帯びた体液が溢れ出す。
奴はそれを、一滴残さず飲み込んだ。
奪われる。
俺という存在が奪われていく……。
「ふう、ごちそうさま。いやこれはただのつまみ食いなんだけど……あ、自己紹介をしようか。僕はドラグエフ。君は?」
「……レイモンドだ」
吸血鬼の少女ドラグエフは一息つくとまたむくりと起き上がり、いたずらな笑みを浮かべた。
今日は月がとても明るい。
奴の黒髪。金色の瞳。細い手足の隅々まですべすべで、白く冷たい肌。
場違いな皮翼なんてなけりゃ、神秘的とさえ思えてくる。
こんな感情を抱くなんて……間違いなく、奴属された影響だ。
我が主である神とは真逆の存在であるこいつに神秘だなんて表現をしてしまうとは、俺もヤキが回ったもんだ。
万が一にもここを生きて帰れたとして、間違いなく天罰が下る。神はさぞお怒りだろう。
吸血鬼の奴属契約は神聖な祈りでもって断ち切ることができる。だけど奴も黙ってそれを見過ごすはずがない。まずその前に殺されるか、精神を破壊されて生き人形にされるのがオチだ。
八方塞がり。俺の未来はすぐ死ぬか、近い将来に死ぬかの二択しかない。
どうしたもんかね……。
勝負に勝ったら……なんてアホみたいな誘いに乗ったものの、こいつじゃなくとも、普通は自分に不利な勝負はしない。こいつにとって、非常に有利な勝ち確のゲームがこれから始まるのだ。
いくら考えても現状は絶望的。
……だがどうも、奴も何やら顔をしかめて首をひねっていた。
「ちっ、俺が無様に這いつくばるような、性根の腐ったゲームでも考えてんのか?」
「いやいや。そうじゃないんだけどさ……ところでキミ、本当にエクソシスト?」
「うるせえよ。どう見たってそうだろうが。なんなら貴様を滅して証明してやるぜ」
立てた親指を床へ突き立てるが如く下方へ指し示す。気がつけば、身体は自由を取り戻し、俺は自分の手足を自在に操ることができるようになっていた。
……だとしてももう、俺の選択肢に「逃げる」と「戦う」の二つは、完全に消去されていた。
今はただ……ドラグエフの話に耳を傾ける。
そのことだけにすべての意識は向けられた。
これ、自分でいうのもなんだが、かなり洗脳が行き渡っていると自覚する。理性を保ててるのが奇跡なんじゃないか?
そんな理性しか機能していない俺へと、ドラグエフは疑問を投げかける。
「あのさあ、レイモンド。キミもしかして……めちゃくちゃ肉食ってるでしょ」
「……は?」
出来る限り平静を装っての返事だった。
だがさらにドラグエフは俺を追い詰めるべく言葉を続ける。
「いやキミの血がさ、すごく美味しかったんだよね。自分でもこんなに、何回も味見しちゃうくらいのものは初めてかも。すごく栄養のバランスがとれた素晴らしい血液だよ。でもエクソシストは神の信徒だろう? 食肉はご法度だ。そのせいか、本来彼らは血中の栄養素が偏っててまずいんだよね」
奴は過去に数度、エクソシストの血を吸う機会があったんだけどと補足した。
そのエクソシストをどうしたのかなんて、今は聞く気もおきなかった。
――なんで神の信徒が!
その仇敵に!
神への誓いをちょっと破ったくらいの事なんかを問い詰められてんだ!?
悪いか!?
筋肉を育てるためには肉食うのがベストなんだよ! 肌荒れもしないし!
見ろこの腹筋! 引き締まった腹斜筋! 三角筋から上腕三頭筋のラインは惚れ惚れするだろう!?
「……まあ、分かったからポージングするのやめてよ」
「ちっ、ガキに筋肉の良さが分かる訳ねえだろうが」
「見た目はそうだけど、数千年は生きてんだけどねえ。……まあいい、面白いことを思いついたから、さあ、おいで」
言われるがまま、命令通りに奴の手を掴む。簡単にへし折れそうな手触りだ。
俺は細心の注意を払って、バラバラに分解された時計を組み立てるように繊細に、そっと華奢な少女を引き寄せた。
俺の胸へと優しく誘う。
本当にどうなってんだ。
「ちょっとちょっと、そこまでは求めてないよ?」
「はあ? 知るか。俺は命令通りにされてるだけだ」
頭の中に白いモヤがかかっているような感覚がする。この世の幸福を煮詰めたような乱暴じみた多幸感に脳をくすぐられているようだ。
今にも赤子のように泣き出してしまいたくなるのを、俺の唯一の長所である理性が食い止めていた。
今に見てろ。
どのような勝負になろうが、必ず貴様を追い詰めてやる。
そしたら俺への奴属契約が弱まる可能性だってあるわけだ。なんとかその隙を見つけて、俺の渾身の力でぶっ潰して――。
「――痛っ!?」
奴を卑下する心の中を見透かされたのか。
この野郎。ドラグエフはその吸血鬼たる鋭い牙でもって、俺の首筋をガブっと穿った。
生意気な下僕を懲らしめてやったといった顔つきに、うぐぐと唸る。
俺の心に、余計に火が付いた。
いやこれこそ、ドレグエフの思惑だった。
「ぶち殺してやる」
「やだねえ。遊びに本気になる大人ってみっともないよ?」
その余裕ぶった表情を、どうしようもなくめちゃくちゃに泣かしてやりたいと思った。
「なあに、単純な力比べさ。なんというんだっけな……スモウ? まあいいや。こうして裸で押し合う勝負さ」
こうして始まったのは、なにやら原始的な勝負事のようだった。
ルールは単純で、足の裏以外を床についたら負け。……思った以上に、俺が明らかに有利だろ、これ。
「はい、よーい……ノコッタ!」
奇妙な掛け声と共にドラグエフはぺちんと俺に突進してきた。肌と肌がぶつかり合って、淑女のビンタよりは痛いかな、といった感想が湧き上がる。
……それだけだ。
このような見た目でも吸血鬼。人外の膂力を隠し持つバケモノなのかと警戒していたのも束の間、俺を持ち上げようと躍起になって細腕をぷるぷる震わせる姿を見て即座に警戒を解いた。
こいつ、何がしたかったんだ?
まあいい、これで呆気なくお終いだ。
「お前バカだろ?」
少女の脇に手を差し込んでひょいと持ち上げる。
そしてそのまま――奴はばさりと空中に飛び立った。
「あ?」
逃さじと力を込める。引っ張る俺ごと浮かび上がる。
そして足の踏ん張りが効かなくなった瞬間に、奴はまんまと罠にかかった俺を、くるんと反転させて急降下。
「ぐえっ」
俺はなんとも呆気なく背中をついたのだった。
「ん? 誰がバカだって?」
「ず、ズルいだろそれ……」
「ふふふ、言い訳無用さ。油断した自分を呪うんだね。……それじゃあ、勝負の対価を払ってもらうよ?」
吸血鬼が命を賭けた勝負に負けた……俺の対価。
単純に命を奪ってくれるってんなら望むところだ。吸血鬼の奴隷としてこき使われるくらいなら、せめてエクソシストとして殉職させてくれ。
だがこいつが素直にその選択をするとはないだろう……。
そしてやはり……ありったけの屈辱が待ち受けていた。
「さあ、レイモンド。僕の眷族になれ。僕とまぐわい、身も心も僕に捧げろ……」
「正気か?……お前、趣味悪ぃな」
「ふふふ、よく言われるよ」
エクソシストとして、これ以上の侮辱はない……。
☆
「おい、シャワーねえのかよこの屋敷」
「1000年前に建てた城だからねえ。そんな設備はないよ。井戸があるからそこで水を浴びるといい」
「いや寒みいよ」
そんな不毛な言い争いを経て、仕方なく井戸へと向かう。
体を清める機会を与えられた……ということは、俺をまだ生かしておく方針なのだろう。
どうも永い眠りから目覚めたのもここ数ヶ月前の話なようで、眷属もまだいないという。
まんまと完全な形で主従の契約を結んでしまったマヌケなエクソシストを配下にするのも面白そうだと考えているのかもしれない。
中庭の井戸で再び全裸になると、冷たい水を引いてばしゃりとかける。うう寒い。
顔を下ろすと、俺の下っ腹には吸血鬼の眷属たる紋章が紫色に光っている。
――それと同時に、左手に十字に浮かぶ
どういうことだ?
俺は最早神の使いに相応しい清純たる肉体ではない。
そればかりか、心まで闇に落ちて、吸血鬼の眷属となってしまった。
そんな俺に聖痕が輝くなど……俺は、神を裏切ったのだぞ。
「簡単だよ。キミはまだ清純を失っていない。ということさ」
「うおっ……いきなり現れるんじゃねえよ。てか、それはどういう意味だ? 俺は欲望に支配されて、ましてや行為に及んだのは闇の住人とだぞ。決して神に許されることじゃない」
「それはキミの勘違いさ。心は知らないけど、肉体の清純さというのは……異性との性行為を行うか否かにかかっている。同性と慰め合うことはなんら清純な身体を保つために問題ない行為なのさ」
「な、なに……そんなバカな! あり得ない!」
激しく動揺する俺の唇を、ドラグエフは柔らかく塞いだ。侵入する舌を受け入れて、俺もつい、奴の鋭い牙の感触を感じ取る。
糸を引いて離れる奴は、とても愉快に笑った。
「そんなことよりさ、キミは今夜を境に、とても特別な存在になったわけだけど、さあ、これからどうしたい?」
「特別? 俺が……?」
「そうだよ。なんせ神の信徒でありながら、僕という闇の眷属となったわけだ。キミは光と闇の狭間の存在になってしまったのさ。とても曖昧で、すぐに消えてしまいそうなほど儚い……『黄昏の使徒』とでも言おうか。ふふふ。――だけどその二つを併せ持つ力は、とてつもなく絶大だ。さあどうする?」
どうするなんて……まあとりあえず、こんなおぞましい奴と共になんざ元の教団には戻れない。エクソシストも廃業だ。
だが俺はその使命に誇りを持っていたし、目的の為ならば命だって惜しくなかった。
うん、とりあえず単独でもエクソシストとしての活動は続けていきたい。
正直、こいつを殺してすぐにでも教団に戻りたいのだが、眷属となってしまった今はもう俺から危害を加えることなんて不可能だ。そもそも、そんなことしてなくたって奴の方が強い。打つ手がない。
それに……闇の力も、確かに魅力的でもある。
夜が増すごとにあふれ出るパワー。暗闇は松明を照らすよりも遥かに見通せて、短時間なら蝙蝠のような翼を羽ばたいて飛行も可能ときたもんだ。
この力を活かせれば、これまで以上に魔を討ち滅ぼすことだって夢じゃない。
……ドラグエフが協力的になってくれさえすれば、だがな。
そうまずはともかく、我が二番目の主のお力添えを願わなくては、な。
どうするだって?
そりゃあもちろん。
「とりあえず、夜を満喫させてもらうぜ」
「ふふふ、いいよ。さあ、飛ぼう」
奴と共に、月明かりの空を羽ばたいた。
まだまだ夜は、終わらない――。
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