バラが咲く頃に(上)

 四月に入ると、さらに外はポカポカと暖かい空気で満ちてきた。王国の人々は、休みの日に頻繁ひんぱんに遠出をし始める。

 また、王国の人々が大好きなバラが、あちらこちらで咲き始める時期でもあるのだ。




 四月の下旬。オズワルドとトーコが、旧ニレ村のバラ園に行く日がやって来た。


 二人は馬車を使い、日の入り前にヒノキ村を出発した。曇り空のようで、時々パラパラと木製の車両に小雨が打つ音が聞こえてきた。馬車は、イシヅミ町に続く道とは違い、なだらかな一本道を進んでいく。

 馬車の客は、トーコとオズワルドだけだった。とても静かな空間で、日頃の疲れのせいか、ケヤキ村まで二人とも熟睡していた。



 ケヤキ村に着いた時には、太陽が南中する少し前だった。ヒノキ村を出発した時よりも、かなり雲が減っていて太陽も見える。雲よりも青空が多いようだ。

 外の明るさと暖かさを感じて、トーコとオズワルドはスッキリと起きたのだった。


 二人が外に出ると、ほんのりといその香りがした。民家の近くに停留所があるのだが、林の間からは海が部分的に見える。


 そして、昼食を取るために、二人は民家がある方に歩き始めた。

 イシヅミ町とは違い、赤いレンガの建物ばかりだ。ケヤキ村の人口はイシヅミ町より少ないためか、他の村々と同様、建物は密集している場所がほとんど無い。


「ケヤキ村は行ったことあるけど、市場しか見たこと無かったな……」


「そうだったんだな。……そーいや山岳警団の奴らと、何度か行ったか。今日で七回目……くらい、だな」


「そっか、いいねっ! イシヅミ町とは違って静かで、緑も多いから、何だか落ち着くな……」


「ハハッ、確かにな。……ああ、今通っている集落を抜けた先、海のすぐ近くに、数軒か食堂があったと思う」


「そーなんだ。ありがとね!」



 海側の細い道に出ると、散歩をしている人を数人だけ見かけた。団体になって、キョロキョロと周りを見ている訳ではなかったから、きっと地元民なのだろう。


 オズワルドの言う通り、道沿いには数軒の食堂があるようだったが、昼間の客は少ないようだった。

 すると、オズワルドは民家に挟まれた、少し狭そうな食堂の前で止まった。


「全ての食堂にいったことがあるが、ココが一番良かったか……。入ってもいいか?」


「そっか、知ってるんだね! いいよ〜」


 食堂の店内に入ると、カウンター席に二人の中年らしき男性が座っていた。店の大将と親しげに話しているので、地元民かもしれない。

 トーコはオズワルドはテーブル席に座り、二人で相談した後、パンとサラダ以外に、ケヤキ村の名物であるエビのハーブ蒸し、アジのエスカベージュを注文した。


「昼間こんな感じだが、夜は満席になる……て、大将が言ってたな。観光客よりも、地元の人が多い時もあるらしい」


「へえー……」


 トーコはオズワルドの言葉を聞いて、すぐにイシヅミ町の食堂の違いが分かった。食堂の造りも料理も観光客を意識したものでは無いが、庶民的な雰囲気は好きかもしれない、と彼女は感じたのだった。


 大将の妻らしき女性が料理を運んでくれた後、オズワルドは少し照れたような表情で、トーコの顔を見た。


「……そ。そーいや、一昨日、お前の誕生日、だったな……。贈り物とか、そーゆーのは不慣れでな。……ココの食事代を俺が全部払う、こんなんでホント悪いな……」


「ううんっ! 気にしないで、本当にありがとう!」


 ゆっくりと昼食を堪能たんのうした後、トーコたちは少しの間だけ休憩をした。


「王宮に居た頃の記憶あまり無いけど、ヒノキ村では魚介料理は食べたこと無かったかな。すっごく美味しかったから、また来たいなっ」


「……そうか、ありがとな」



 二人が店を出ると、さらに雲が少なくなり、清々しい青空が広がっていた。

 その後、彼らは着た道を戻り、馬車の停留所に向かった。

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