収穫祭(2)

 トーコが後宮の部屋に戻った直後、遠くからカン、カン、カーンッとかねが鳴る音が聞こえた。


(今、太陽が南中する頃かな。王宮前の大庭、今年もヒトがいっぱいだろーな……)




 トーコの心のつぶやき通り、王宮の正面の庭には、多くの人々が集まっていた。

 セイシュ目当ての者が多いが、本当は別の理由で、大庭が開放されているのだ。


 王宮の真ん前で、使用人が三回、かねを鳴らした後、乗馬場の方からエドガーが飛んできた。

 使用人がたるに入っているセイシュを土製の容器に入れ、多くの人々に手渡しているようだ。セイシュを片手に、羽ばたきながら悠然ゆうぜんと空中を飛んでいるエドガーを見て、歓声を上げた。


 エドガー、つまり竜は、自然そのものの『神の化身』として、大地の恩恵に感謝をするために、王宮に呼ばれたのである。



 かねを鳴らした使用人の近くに降りると、エドガーは行儀ぎょうぎよく座った。


 すると、アイザック王がオスカーと護衛、数名の使用人を引き連れて、王宮から出てきた。

 アイザック王の一行がエドガーの隣に行くと、人々の視線は国王の方に集まった。もちろん、護衛のオズワルドも一緒だ。



 最初に、アイザック王はぎこちない表情で、エドガーに感謝の言葉を述べた。

 そして、アイザック王とオスカーは、使用人たちから植物のつるで作られた大きなかんむりを受け取った。冠は、木の実やドライフラワーで飾られている。


 二人で、首を下げたエドガーにかんむりかぶせた後、アイザック王は大庭に居る人々に向けて、「それでは、収穫祭とセイシュを楽しんでくれ」と、短くスピーチをした。



 スピーチが終わると、何十人もの使用人や侍女が、巨大な皿に入った何種類もの料理と、巨大な酒器に入ったブドウ酒を、次々とエドガーの前に運んできた。


 エドガーは、それぞれのものを口に入れると、ゆっくりと味わっているようだ。

 人々の談笑が心地良い音楽のように聞こえるようで、エドガーは機嫌が良さそうだった。




 ひと仕事を終えた後、国王の一行は、サーとすぐに王宮に戻っていったのだった。

 アイザックは、歩きながら溜息をついた後、小さな声でつぶやいた。


「はあ……。でかすぎる顔に、鋭い眼と牙がなぁ……。相変わらず、アイツは何だか苦手だ」


 アイツというのは、もちろんエドガーである。

 オスカーは優しく微笑みながら、「お疲れ様でした、国王陛下」とささやいた。


「全くだ……。あの娘は、本当に変わっているっ! 『竜よりも、グレースや王宮の女たちの方が怖い』というのが、いまだに理解できん……」


「兄さん、トーコのことは別に言わなくても――」


「悪口を言った訳じゃないぞっ! グレースが、今もあの娘を冷遇しているのは知っているし、気にしているっ」


 オスカーは苦笑いをしながら、「気にしているのなら、結構ですよ」と、アイザックの真横でポツリと言った。



 オスカーと使用人たちの間に居たオズワルドは、アイザックたちの会話を真剣に聞いていたようだ。

 アイザックが婚約者のことを『変わっている』と言ったことに対して、彼は複雑な気持ちになっていた。


 しかし、ざっくばらんなアイザックが、トーコの心の傷の原因について、少しは気にかけていることも分かり、オズワルドは心の中では安堵あんどしたのだった。

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