休日にて

 八月も終わりに近付いていた頃。トーコの休日、ちょうどオズワルドも仕事が休みだった時のことだ。



 昼前に、ケヤキ村の市場で魚を買ってきた後、トーコとエドガーは家に帰ってきた。

 トーコは玄関のかぎを開けて、家の中に入った。その後、買ってきた魚を冷暗所に置き、台所で手を洗った。


「ちょっと待っててね、エドガー」


 エドガーの寝室に直結する裏口を、トーコは開けようとしていた。


 裏口と言っても、エドガー専用が故、城門くらい巨大な横開きの扉である。部屋の端の装置、回転式の取っ手を動かさなければならない。

 うっかり力み過ぎて、手のひらに取っ手の跡が付きそうな程、重くて動かしにくいようだ。


 裏口の開け締めが終わると、エドガーはゆっくりと自分専用の休憩場所に入った。

 すると、台所のテーブルの上に、使用済みらしきカップが一つ置いてあるのに、エドガーだけではなくトーコも気が付いた。


「ったく! いつの間にアヤツめ、合鍵あいかぎで入りおってっ!」


「……て言いつつ、エドガーは、すんなり許可してくれた、じゃん……?」


「そっ……。それは、だな。お前が、尋常じんじょう無いくらい切なそうにっ、聞いてきたから! 仕方無くぅ……」


「そ、そっか? ありがとう。……て、あれっ? もしかして寝室、開いてる?」


 トーコが言っていた『寝室』というのは、もちろん自分の寝室である。

 台所の真横の、締めてきた自分の寝室のドアが、なぜか全開していたので、トーコは恐る恐る寝室の中を確認した。


 と、その時っ!


「キキアァァァァァァァァーッ!」


「どうしたっ、トーコォォ!?」


 トーコの悲鳴を聞いて、エドガーはその場で、精一杯の大声を発した。


「オズワルドさんっ!! ベッドを使うのはいーけど、いてくださいっ!」


 顔を真っ赤にしたトーコは、勢いよく台所の方を向いた。


「……ん? 帰って、きた、か……」


 オズワルドが目を覚まして、起き上がる気配を察すると、トーコは再び声を出した。

 トーコのベッドで、彼は全裸で昼寝していたようだ。


「しっ、下着……、もういた?」


「シーツで隠している」


「そっ、そんな話じゃ無いからっ……」


(てかっ! 何で、このヒト、さっきからずーっと冷静なのおぉ!!)


 そう心の中で独り言を言いながら、トーコは深呼吸をこころみた。


「ひゃっ――」


 と、いきなりオズワルドに後ろから抱き締められ、トーコはものすごく硬直こうちょくした。下着以外の、引き締まったオズワルドの肌が触れているのに気付くと、トーコは恥ずかしさがさらに増した。


「汗臭いかもだし、エドガーも見てるしっ! それと、やっぱ服も着てくださいっ。お願いします……」


「さっき浴室も借りた、すまんな」


「話っ、聞いていますかっ!?」


 台所の奥に居たエドガーはと言うと、全ての歯をき出しにし、今にもオズワルドに向かおうとする体勢だった。


「……おのれ。このわしに対して、随分ずいぶんと強気だな?」


「まっ、待ってエドガーッ! 暴れて炎を吹くと、家が壊れちゃうからっ!!」


 まあ、一度だけだが、ルークと生活していた頃、夜中に盗人ぬすびとが入った時に、エドガーが家を半壊させたことがあったそうだ。


 トーコの言葉を聞くと、エドガーは渋々しぶしぶ口を閉じて、深い溜息をついた。


「あああぁ〜、分かっておるっ! 痴話喧嘩ちわげんかは竜でもえんわっ。ギザギザ山まで散歩してくるぞっ!」


 と言うと、エドガーは口を使って、とっても器用に、自分専用の裏口の取っ手を回し始めた。


「散歩の後、リズの家で昼を食ってくるっ」


 エドガーは普段、ヒノキ村で商品にならない生の食材を無償でもらい、その場で三食の食事を取っている。

 裕福な国民以外は、村が経営する施設か個人宅で、自給自足の生活をしているそうだ。



 あっという間に裏口を開けたエドガーは、そのまま高速で空へと飛び去った。


 その後、いつの間にか服を着ていたオズワルドが「閉めねーとな」とつぶきながら、横開きの装置を閉めたのだった。


「ありがとう」


「……で。魚は、どーするんだ?」


「えっと。あ、ムニエルにしようかな?」

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