眼前の絶望よりも

中川葉子

ありもしない希望

「隊長! 無数の飛竜が襲来しています!!」


 部下の伝令を聞き、俺は声を出して笑った。人生で初めてかもしれない。もしかすると楽しいという感情すらも初めて味わったかもしれない。


「隊長。作戦の指示を」

「ああ、少し待ってくれ」


 座卓に指を置き、トン、トンとリズムを刻む。仲間を絶命させる火球が飛び交うのが見える。だが、少年時代に聴いた吟遊詩人のハープを思い浮かべる。

 伝令に手を差し出し、笑いかける。


「なあ、名前は?」

「バルクと申しますが、作戦指示を」

「バルク、か。一緒に踊ろうバルク。吟遊詩人の詩が聴こえるだろう。ハープの音色に合わせて、優雅に」


 噴水から湧き上がる水の音、旗で飾り付けられた街並み、気がつけば着替えているバルク。まるで道化師のような。


「隊長、踊りましょう」

「そう、ゆっくりだ。上手いぞバルク」

「隊長」


 噴水の音に紛れて爆発音が聴こえる。何処かで花火でも打ち上がっているのか。


「隊長は踊りが上手ですね」

「バルクも意外と上手いものだ。元は上流階級か?」

「いえそんなことは」


 噴水が爆発した。祭りで浮かれて誰かが壊したのだろう。なぜか爆音は聞こえず、ハープの音と喧騒のみが聴こえる。


「永遠にこの時間が続けばいいんだけどな。バルクどうした、顔を火傷しているぞ」

「隊長、早く逃げてください」

「祭りから逃げる馬鹿はいないだろう。もっと楽しもう」


 顔の原型を留めないほどの大火傷は、なぜか一瞬にして完治した。さあ、民衆は私たちの踊りを見ているぞバルク。もっと優雅に上品に踊り尽くそう。

 身体の動きが悪い、どうしてだ。地面に突っ伏しているような冷たさが頬にある。もっと踊りたいんだがな。もっと、この時間を、たのし、んで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眼前の絶望よりも 中川葉子 @tyusensiva

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る