事務員さんと営業の僕。

井戸まぬか

営業の僕

01 出会いは飛び込み営業でした


 

 取引先として月一回は必ず訪問しているこの会社には、社長と従業員二人しかいない。


 たぶん、もう少し社長がIT機器を操ることができていたならば、本当は従業員一人でも十分回る規模の小さな会社だ。


 この小さな会社は雑居ビルの一室に居を構えている。

 だから、ノックのあとドアを開けるとすぐに社長の顔が見えた。



「こんにちは。何か困った事は起こっていないですか?」


 もう一年も営業として接しているため、挨拶もそこそこに気安く社長に声をかけると


「ああ。高田さん。奥にどうぞ」


 社長は部屋の隅にある、低いパーテーションで区切っただけの応接室へと僕を招き入れた。




「失礼いたします」


 ソファーに座り、いつものように社長と世間話をしていたら、事務員さんがお茶を運んできた。


「ありがとうございます」

「いえ」


 僕のお礼の言葉に応えた彼女は、ニッコリ笑ったあと丁寧にお茶を置き、そして所定の位置へと戻っていく。




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 この会社に月に一回訪問することになったのは、いわゆる ”飛び込み営業” がきっかけである。


 約一年前、会社に指定された区域にある事務所に「商品を買ってくれませんか」と飛び込みでお願いして回っていたひとつが、さっき僕を招き入れた女社長がいる、YUKINO商会だったのだ。





  *******





 コンコンコンと事務所のドアをノックをすると、中から声が聞こえた。


「はい、どうぞ」


 すぐに事務所のドアを開け、どうせすぐ追い返されるだろうと思いつつも、もう何度も繰り返している決まり文句を名刺を出しながらスラスラと披露する。



「ネット通信や電話などを扱っている、クリア・アソシエーションの高田といいます。今日は会社の経費削減の助けになりそうなお話を、聞いてもらえればと思い訪問しています。担当の方か、社長様はいらっしゃいますでしょうか」



 ドア近くに座っていた二十代前半にみえる地味な事務員が、飛び込みに時間取られるの面倒くせーという、分かりやすい表情で立ち上がるが、僕のそばまでくると一応は笑顔を作り断り文句をすまなそうに言う。


「今はどちらも不在なので……申し訳ありません」


 それから、早く出て行って欲しいと言わんばかりに僕の背後のドアを見て、そしてまた僕を見た。



 ただ、その事務員の背後には、どこからどうみても "上座" である社長席があり、そこには年配の女性がデーンと座ってこっちを見ている。


 その年配の女性が社長だろうが担当だろうが正直なとこどうでもいいし、普段なら気が付いても


「分かりました」


 そう言って引き下がるところなのだが、


 人に反抗なんてしたこと一度もありません、という弱々しい感じの事務員が相手だったせいか、つい思わず強めの口調で彼女に尋ねていた。


「あの、後ろの方は社長様ではないのでしょうか」



 しかし、そういう場合の返答も決めてます、という顔をした事務員が慣れた雰囲気で再び断りの言葉を喋ろうとした時、


「いいの角野さん。奥に入ってもらって!」


 大きな声が背後の社長席から聞こえてきた。



 こんなことは滅多に起こることではないので驚いて事務員を見ると、彼女は『断っている私の苦労は一体…』てな表情に一瞬だけなったあと、真顔で年配の女性の方を振り返った。


「分かりました社長」


 そして僕の方へとまた顔を戻し、社長席の後ろにある応接室へと笑顔で案内してくれた。


「では、こちらにどうぞ」



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