銃と地図

黒姫小旅

第1話 導入

『閣下ドロドロ~~~~!!!』


 ふざけた鶏の鳴き真似とともに、部屋の照明が灯った。二つ並んだベッドから、男たちが起き上がる。


「う、うーん……」

「なんなんだ?」

『さァさァいつまで寝ていやがんだ蛆虫どもめ! ゲームが始められないでしょうが!』


 天上のスピーカーから耳障りな声が流れて、男たちは寝ぼけ眼をこすりながらベッドを出た。


「……ゲーム、だと?」

 片方はスキンヘッドの西洋人。剃り上げた頭とは逆に口回りには髭をたくわえ、彫りの深い眼の奥には荒んだ光が宿っている。日に焼けた肌は赤黒く、二人揃いの入院服みたいな衣装の上からでも鍛えられた肉体の持ち主であることがわかる。


「つーか、ここドコだよ……」

 もう一人は赤髪。年の頃は禿頭よりいくらか若く見えるが、日本人らしい平たい顔つきと髭がないことによる印象というだけで、案外同年代かもしれない。やや細身で猫背、注意深く周囲を観察する様子からは抜け目のない印象を受けた。


 二人の目覚めたのは、壁も床も天井も一面コンクリートで固められた、牢獄みたいな部屋だった。室内にある物で、ベッドの他というと、壁に掛けられた大型モニター、天井の蛍光灯とスピーカー、監視カメラらしきもの、そしてベッド脇にそれぞれ置かれた小箱くらい。後はベッドから見て右奥に鉄扉があるものの、見るからに頑丈そうで、鍵を掛けられたらとても破れそうにはない。


『なァにをとぼけちゃってんのさ。キミ達、ゲームをするために遠路はるばるお越し下さったんじゃない』


 小馬鹿にしたようにスピーカーがしゃべって、壁のモニターが点灯した。

 表示されたのは書類だ。同じ内容のものが二枚並んでいる。


 一つ、当ゲームをクリアした者には、賞金500万円が与えられる。

 一つ、当ゲームの参加取り消し、および途中棄権はいっさい認められない。

 一つ、当ゲームに参加中に発生した損害については、例外なく不問とされる。


 目を惹くのは上記の二項だろうか。他にはゲームに関する口外を禁ずるだとか、法令順守に関する条項がないだとか、普通の契約書とは異質な書類である。

 画面の表示が上から下へとスクロールしていくと、まったく同じだった書類の最後にだけ、それぞれ異なる書体のサインと拇印が押してあった。


 Heathヒース Thorトール ――禿頭が苦虫でも噛んだように顔を顰める。


 木内きうちやすし――赤髪が忌々しげに舌打ちした。


「……思い出してきたぞ。確かゲームの説明会とやらに行って、書類にサインした後に出されたコーヒーを飲んだら、急な眠気に襲われたんだ」

「オレもそんな感じだな。あーあー、確かに書類にゃ同意しましたよ。んで? わざわざ気絶させて、身ぐるみ剥いで、知らないオッサンと二人きりにして、何をさせようっての?」

 ヒースが記憶をたどるように眉間を押さえると、木内も観念してスピーカーを見上げた。


「殺し合いでもしろって?」

『あっはっは、まっさかー! デスゲームなんて今どき時代遅れだよ。キミたちは互いに互いを信じ合い、助け合ってゲームをクリアしてくれればいいんだ』


 声の主は最高のジョークでも聞いたみたいに大笑いする。ケタケタと機械じみた笑い声を上げていたら、それが不意に……


『殺り合いたいなら、止めないけどね?』


 あまりにも不気味で非現実的な状況に、木内も黒鉄も絶句せざるを得なかった。

 混乱と困惑と、おそらくは恐怖と、さまざまな色の滲んだ顔を見合わせる男たちを置いてけぼりに、スピーカーの向こうの人物は底抜けに明るい声で宣言する。


『それでは張り切っていきましょう。「人喰いモンスターから逃げ延びろ、恐怖のリアル脱出ゲーム」のはじまりはじまり~~~~!!』

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