傭兵団の生き残り少女剣士、少女領主に拾われる
笹塔五郎
第1話 自由な生き方
――戦場では、敵を殺せば殺すだけ褒めてもらえた。
少女、エル・トリアルテはとある傭兵団に幼い頃に拾われた。
まだ四、五歳という小さな彼女は、彼らがどういう仕事をしているのかさえ、よく分かっていない。
傭兵団の団長であった女性の気まぐれであり、身寄りのないエルはいつ捨てられてもおかしくはなかったが――彼女はすぐに才能の片鱗を見せる。
魔力量に関しては一般的な人間と大して変わらなかったが、剣術については教えられたことをすぐに身に着けた。
否、剣術だけではなく――傭兵団に所属していた者達それぞれの得物の使い方を教わり、エルは確実な力を手に入れていく。
初めて彼女が戦場に立ったのは十歳の頃、バラフリテ大陸の南方で起こったガラメナ戦線であった。
無論、いくら武器が扱えるからと言って、戦場で生き残れる可能性は決して高くはない――が、エルは生き延びた。
それどころか、初めての戦いで首級を討ち取る戦果を見せたのだ。
この話を聞いた者は『たまたま』『まぐれ』などと口にするが、戦場において戦いに向かいながら偶然生き延びることなどありえない。
ましてや、エルは後方に控えているはずの敵将と戦っているのだ。
この時から、エルは傭兵団の稼ぎ頭として常に戦線に立つようになった。
仲間内でも、最初の頃は疑心暗鬼な者が多かった。
年端もいかないような少女が、戦場で生き残れるはずがない――と。
だが、エルはまたしても生き延びた。
二回、三回――向かう戦場の数が増え、同時に生き残る数も伸びていく。
さすがに、仲間達も認めざるを得なかった。
エルは『本物』であり、彼女は戦士としてとんでもない才能を秘めているのだ。
そんな彼女だが、普段は素直で明るく、よく言うことを聞く子であった。
送られる場所が苛烈な戦場であっても文句は言わず、最悪――一人で帰ってくることだって少なくはなかったが、仕事を確実にこなして戻ってくるのだ。
そうして、戦場での生活を続けて五年――エルが十五歳になった時のこと。
大陸の中心部にて、大きな戦があった。
大国同士の戦争であり、どちらが勝ってもおかしくはないと目されていた。
傭兵団は『ハルベルト帝国』という国の側へとつき、エルもそれに従う。
団長も含めた全ての傭兵団が参加する――エルの人生において最も大きな戦いであった。
戦況はめまぐるしく変化したが、エルの状況は変わらない。
傭兵団に任された仕事を確実にこなし、エルは生き延びた。戦って、戦って、戦って――戦争が終わるその日まで、エルは戦場に立ち続けた。
そして、帝国の勝利宣言と共に戦争は終わり――
「……あれ?」
傭兵団のアジトに戻った時のことだ。閑散としていて、いつもの賑やかさがない。
まだ誰も戻っていないのか、そう考えて、エルは椅子に座って待つことにした。
どれくらいの時間が経っただろう――何度目かの朝を迎えたところで、ようやく傭兵団の仲間が一人戻ってきた。
「……なんだ、お前。まだいたのか」
「まだいたって、それはそうだよ。だって、ここがわたしの帰る場所だもん」
「……馬鹿野郎が。傭兵団はもう、解散になったぜ」
「え、解散……?」
初めて聞く話で、エルにとってはあまりに急な出来事だった。
「どうして? 今回の仕事だって無事に終わったのに」
「……無事なのはお前だけだ。オレだって、これだぜ?」
男は杖をついて、失った片足を支えていた。
「でも、団長はそんなこと……」
「その団長が死んだんだ。解散するには十分な理由だろ」
「――死んだ?」
エルは驚きに目を丸くする。
少なくとも、エルが知る人の中で彼女――団長は間違いなく強かった。
どんな戦場でも生き延びる、という点ではエルと似ているところがあり、懐いている節もあった。
それなのに団長はおろか、他の親しかった仲間達ももう戻っては来ない。
「……そっか。わたし、一人になっちゃったんだね」
エルはようやく理解した。
生き残ったのがエルと怪我をしただけでは、傭兵団は成り立たない。
すなわち、解散――自然消滅していたのだ。
椅子にもたれかかったまま、エルは雨漏りの染みができた天井を見上げる。
騒がしかったこのアジトにはもう、他に誰も戻ってこない。
なんだか、胸の中が空っぽになってしまったような気分だ。
けれど、涙が出てくるわけでもなく、エルは小さく溜め息を吐くだけだった。
「あなたは何で戻ってきたの?」
「荷物を取りに来ただけさ。あと、金目の物が残ってたらもらっていくつもりだが」
男とはあまり面識はなかったが、実にこの傭兵団にいる人間らしい、と言えた。
きっと、生き残って解散を知った者の大半は、こういう感じなのだろう。
エルにとっては、今までの人生のほとんどを過ごした場所であり、突然育ったところを失ったようなものなのだが。
「これから、どうしたらいいんだろう?」
「あん? オレの知ったことじゃねえよ」
アジトの物色を始めた男に問いかけるが、返事はそんなものであった。
行くあてもなく、目的もない――傭兵団以外の知り合いがいるわけでもないエルには、ここがなくなるなんて想像もできなかったし、どうすればいいのか分からなかった。
「まあ、好きに生きたらいいんじゃねえか。ここが全部ってわけじゃあるまいし」
「わたしにはここが全部だったんだけど」
「だから、外の世界を知れってことさ。団長だってそう言うだろうぜ」
「……それは、言いそうな気がする」
男に言われ、エルは納得した。
だから、椅子から立ち上がると、エルはゆっくりとした足取りでアジトを後にする。
「好きに、か。でも、好きに生きるって――何をすればいいんだろう?」
自由を得たエルは、自由な生き方を知らない。
そんな彼女の、放浪の旅が始まった。
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