ここは魔法よろず相談所
霞(@tera1012)
第1章 出会い
かわいい店員さん
王都の一角、金物屋が並ぶ通りに、ぽつりとおかしな店がある。
色褪せた壁、傷だらけのドア、今にも落ちそうな庇。軒先にぶら下げられた、切りっぱなしの板切れには、そこだけ立派な黒々とした文字。
「質屋」「よろず魔法相談受け付けます」
*
「……ええと、これは、偽物ですね」
「ええっ?!」
不安そうに青年の手元を見つめていた少女は悲鳴を上げた。
「そ、それじゃ、……お金は」
「残念ですが、お貸しできません。品物を、お引き取り下さい」
「そんな……」
おじいちゃんが遺した、大事な壺だ。どうしてもお金が入用な時に、役立てなさいと言われて大切にしていたのに。
「どうしたらいいの、もう支払いは延ばせないのに」
「お気の毒です」
カウンターの中の青年は淡々としている。
「な、何とかなりませんか」
「なりませんね」
灰色の髪に灰色の双眸、彫像のように整った顔の青年は柔らかな笑みを浮かべているが、口調は容赦ない。
「わ、私の持ち物全部出します。何か、お金になりませんか」
「困りますね」
迷惑だ、という響きで青年がつぶやく。必死の形相で少女がかばんの中身をカウンターにぶちまけ、ぶかぶかの外套を脱いだ時、その双眸がきらりと光った。
「……お嬢さん、あなたの背中にある、それをいただけるなら、1000レイト出しますよ」
「え」
自分の背中に何があるのだろう。少女は眼を見開き青年を見る。
「いただけますか」
青年はずいと迫ってくる。何だろう、とっても怖い。
「あ、あの」
若干後ずさると、カウンターから乗り出した青年の目が妖しく輝く。
「いただけますか」
「おい、女の子脅してどうすんだよ、ナギ」
その時背後の扉があき、呆れた声が割り込んだ。
ほっとして振り返ると、黒髪の短髪に黒い目、鍛えられた体躯の、良く日に焼けた青年が立っている。
「そんなんじゃ、簡単にとれるもんもとれなくなるだろ」
人好きする笑顔で、短髪の青年は少女に笑いかける。
「な、お嬢さん。その、あんたについてる、お人形の精霊、もらえないかな」
この人も、言っていることがわからない。
少女、リアはごくりと唾をのむ。自分は、知らずに大変な場所に来てしまったのではないだろうか。
その瞬間、背後から勢いよく背中を引かれ、リアは引き倒された。
「そこにいて」
灰色の青年は、カウンターの陰に放り込まれたリアに言い捨てると、そのまま黒髪の青年に駆け寄りその胸に手をかける。瞬間、黒髪の青年の口から黒い影があふれ出す。それは異様なスピードで床を這い、部屋を黒く覆いつくす。
「ぐ」
黒髪の青年の顔が歪む。
「間に合わない」
灰色の青年はつぶやくと、黒髪の青年の口に噛みつくように唇を合わせる。瞬間、黒い影は灰色の青年の身体へ吸い込まれる。同時に、彼の灰色の髪が白銀に燃え上がった。
「え、え!?」
そんな場合ではないが、リアは思わず頓狂な声を上げてしまう。
「……!!」
黒髪の青年の目が見開かれ、銀の髪の青年が離れると喉をつかみ激しくせき込んだ。
銀の髪の青年は眼を閉じ荒い息をついていたが、やがて閉じていた双眸をゆっくりと開く。その瞳は瑠璃色に輝いている。
「大丈夫か」
すぐに灰色の髪、灰色の双眸に戻り、平静な声で、座り込んでいる黒髪の青年に声をかける。
「ああ、……悪い。朝からおかしいとは思っていたんだ」
「どこで拾ってきたんだ、こんなもの」
「昨日の演習かな……。都の北の外れの、荒地だ」
「……あそこか」
大昔、疫病で亡くなった死体を集めていた場所だ。灰色の青年がつぶやく。
「今回は仕事だから仕方ないが、お前はできるだけ墓地は歩くな」
「分かってるよ、……すまん」
黒髪の青年の顔色はまだ蒼白のままだ。
「……お嬢さん。今見たこと、忘れていただけませんか」
突然、思い出したように振り返り、灰色の青年がリアに微笑んだ。
*
灰色の青年、質屋の店長はナギ、と名乗った。黒髪の青年はカイト、というらしい。
さすがになんの説明もなしに放り出すのはよろしくないと思ったのか、カウンターの奥から這い出したリアに、お茶をご馳走したい、と店主は申し出た。
良い香りのする薬草茶をリアの前に置きながら、ナギが言う。
「私は、見ての通り魔術師でして」
「はあ。……え、ええ?」
魔術師、そんな仕事があることは知ってはいるが、王宮のどこか奥まったところにいらっしゃる方々の話だ。少なくとも、こんな街角の質屋に魔術師がいるなど聞いたことがない。
そもそも、魔術師と言えば長いローブに魔法の杖、がお決まりだと聞くが、この青年はごく普通の町人の服装だ。
「……まあその、いろいろあって隠居の身で」
隠居、という言葉はあまり似つかわしくない年若い青年は言う。
「特技を生かして、質屋兼魔法なんでも相談屋をしているわけです」
古いものには、精霊が宿りやすいらしい。質草の真贋判定も訳はないが、主にものにとりついた精霊などを取り除いて日銭を稼いでいるということらしかった。
「先ほどのカイトについていたのは、簡単に言えば、たちの悪い死霊です。ごくたまにですが、ああいったものを処理する依頼も持ち込まれます」
薬草茶をすすり、ほう、と息を吐きナギは微笑む。
「お嬢さんの背中についているのは、性質の良い精霊です」
リアの後ろを透かすように眺めながら、ナギは言う。
「除く必要もないものですが、私のお手伝いになっていただければ、ありがたいと思って」
「お手伝い……」
「最近、過重労働が続いてしまって、お手伝い達がストライキを起こしてしまいまして」
「ストライキ」
精霊とこの人、どういう関係なのだろう。
「ご覧のような、ありさまでして」
ナギが背後のカーテンを引くと、カウンター越しに見える奥の部屋は、本やら服やら何やらが、足の踏み場もなく散らばっている。どこからどう見ても、りっぱなゴミ屋敷だ。
「……私の魔力が弱いことが、いけないのですが」
低い声でつぶやいてから、ナギは軽く咳払いして声音を変える。
「どうです、1000レイトで譲っていただけませんか」
「あの……、私、ここで、お仕事させてくださいませんか」
「は?」
ナギの美しい眉が顰められる。
「精霊さんより上手にできるかは分かりませんが、私、家政婦免状を取ったばかりなんです。新米なので、お給金はひくくて、構いません」
昨年のはやり病で両親を亡くしてから、リアは下働きで何とか食いつなぎ、手に職をつけるために家政婦学校に通った。資格はとれたがこれから就職先探し。でも、今日の家賃が払えなければ、家なしになってしまう。住所なしの新米家政婦を雇ってくれる家などないだろう。最後の手段で質屋に壺を持ち込んだのだった。
でも、そんなことより。
初めて見た魔術師に、リアの胸は高鳴る。かっこいい。
ナギは、キラキラした瞳で自分を見つめる少女に、やや面食らった表情で絶句している。
「……いいんじゃねえの」
額に濡れタオルを乗せソファーに寝そべっていたカイトが笑いを含んで起き上がる。
「あれ見せられて、ここで働きたいなんて、いい度胸じゃん」
カイトの顔にはようやく生気が戻っている。
「……そうですね」
眉根を寄せたまま、ナギは答える。ちらり、と奥の部屋をながめ、背に腹は代えられないと思ったのだろう。しぶしぶという形で口にした。
「少々、危ない目に遭うかもしれませんが、よろしいですか」
それは、あまり、よろしくないけれど。
リアは、自然に笑顔になることを止められない。
「はい、よろしくお願いします」
街角の質屋兼魔法よろず相談所。そこに、かわいい店員さんが雇われた。
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