第26話

「カラータイマーが切れかけているから、俺たちを殺して、別の人間に憑依しようってわけか」


「そういうことです。ちょうど今、雨野タカミという男がエレベーターで降りてきているようですしね」


 ショウゴはエレベーターを見た。

 確かに上階からエレベーターが降りてきていた。


「やらせるかよ」


 拳銃を取り出し、遣田に向けた。しかし、アンナがそれを制した。


「大和さん、そんなものではマシンガンには叶いませんよ」



 --アナスタシア様を頼みます。

   ちょっと、いえ、かなりのお馬鹿さんですが、同じ女の私から見ても大変かわいいお方ですし、どうやら本当にあなたのことを大変気に入られたご様子ですので。



 そんな心の声が聞こえると、アンナの、いやアナスタシアの身体がまたぐらりと揺れた。

 ショウゴはそのまま倒れていくアナスタシアの体を抱き止めた。彼女は気を失っていた。


 アンナは? アナスタシアの身体から離れたのか?


 そのショウゴの問いの答えは、彼の目の前にあった。


「貴様、まさかこの私が憑依する肉体に憑依してきたのか?」


「あなたをここで始末するには、この肉体にとどめて置く必要がありますから」


 遣田が憑依する肉体の口から、彼とアンナの会話が聞こえた。


「お前も死ぬことになるぞ」


「構いません。私はすでに死んだ身。たまたまこの能力に目覚めたおかげで、少しの間生きながらえていただけ。あなたをここで始末し、アナスタシア様をお守りできるなら本望です」


 アナスタシアは遣田が持っていたマシンガンをその頭に向けた。


「憑依能力のからくりは、エーテルによってデジタル化された記憶と人格を他者の脳にインストールさせること。

 今私の憑依能力が、あなたが雨野タカミさんや大和ショウゴさんに憑依しようとしているのを相殺しています」


「くそっ、離せっ、野蛮なホモサピエンスが」


「あなたも十分野蛮じゃないですか、ネアンデルタール人さん。

 野蛮人同士、共に逝きましょう。

 この脳を破壊すれば、私もあなたも本当の死をむかえることになるのですから」


「やめろ、やめてくれ、頼む、お願いだ」


「我が教祖を愚弄した罪を、その死をもって贖罪なさい」


 アナスタシアは、その頭部に向けてマシンガンを乱射した。


 脳を破壊するだけでなく、頭部の上半分がなくなるほどの銃弾を受けた遣田の身体は、トラックのキャビンからマンションの床に大きな音を立てて崩れ落ちた。



--さようなら、大和さん。

  さようなら、アナスタシア様。

  私はあなたにお仕えすることができて幸せでした。

  どうかアナスタシア様もお幸せに。

  大和さんは、あなたがお生まれになるはるかずっと前、まだ天啓を授かるようになる前のお父様が預言された、あなたの生涯の伴侶となる真の至高神の化身。

  大和さんならば、この世界を必ず救ってくださるでしょう。



 アンナの心の最期の声を聞いたショウゴは、


「俺はそんな、すごい人間じゃないよ、アンナさん」


 アナスタシアを抱きしめながら、


「アンナさんこそ、この世界を救ってくれたじゃないか」


 そう呟いた。


 アリステラという脅威はまだ残っている。

 だが、少なくとももうひとつの脅威を取り除いてくれた彼女は、間違いなく救世主だった。

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