6
歩いたのは十分ほどだろうか。
ずっと真っ直ぐに掘ってあったトンネルが行き止まりになった。
天井は高く、左右に通路が広がっていたが、どちらも五メートルほどで壁になっていた。
ただ目の前の巨大な壁にはシャッターが一枚、下ろされている。
今まで黒猫館の中には明治末期から大正期のレトロな雰囲気を感じさせる造りで統一されていたが、ここは明らかに現代的だった。
「一応、黒井と二人でなら上げられそうだが」
桐生もよくない予感を持っているのだろう。含みのある言い方で、良樹に同意を求めてくる。
「開けて下さい」
だがそう言ったのは美雪だった。彼女はもう一度それぞれの顔を見ると「お願いします」と頭を下げる。
「それじゃあ、開けるぞ」
良樹と桐生の二人でシャッターの下に手を入れ、思い切り持ち上げた。
五メートルほど上で吸い込まれて消えたのを見ていると足立里沙が、
「何なの」
唖然とした声を
慌てて良樹が視線を戻し、壁の向こう側にあったものを確認するが、彼もまた同じように唖然としてしまった。
そこには家が建てられていた。それもミニチュアの黒猫館のような、二階建てだ。耳の部分のように三角屋根が出ており、玄関のドアを口に見立てると二階の大きな窓がさながら猫の目のようだった。
その家の前には黒猫が座っている。一匹、いや二匹に増えた。
気づくと屋根にも沢山の黒猫がいて、良樹たちにじっとその目を向けている。
あの日見た黒猫だろうか。いや、けれどそれはもう十年も前の話だと思い直して良樹は足立里沙を見たが、彼女も同じ思いを抱いていたようだ。小さく頷き、それから前を見るよう促した。
キィ、と音が響く。自然と入口のドアが開けられたのだ。
誰もが声を上げずにその動向を注視していた。
現れたのは小学生低学年くらいの女の子だ。肌は白く、髪は床に届くほど長い。苺の水玉のような模様が付いたワンピースを着ており、足は裸足だった。彼女は両手で汚れた熊のぬいぐるみを抱え、その不自然に大きな瞳をこちらに向けている。
「おにいちゃんたち、ワタシのお友だちかしら?」
子どもの声だが、空気が漏れたような掠れた音が混ざっている。
良樹はどう答えたものかと桐生を見たが、その前に美雪が一人歩み出て、こう返した。
「私は
その女の子は首を横に振る。いや、首だけでなく、体も左右に振るものだから抱いているぬいぐるみが大きく揺れ、足をぶらぶらとさせた。その足先から、何かの液体が飛ぶ。
「それじゃあ、あなたに尋ねるんだけど、さっき、ここに男の人が連れられてこなかったかしら。その男性、私たちのお友だちなの」
「うちに、いるよ」
「そうなの? それじゃあ会わせてくれるかしら」
「いいよ」
普通にやり取りをしている会話の内容なのに、何故か良樹は言葉にし難い気持ち悪さを感じていた。
「じゃあ、私が行きます」
「待って」
笑顔で宣言した美雪の腕を、足立里沙が掴む。
「深川さんはここにいて。私が確かめてくるから」
里沙はあの女の子が出てきてからずっと表情が硬い。何か思いつめているとすら感じられて、良樹は「僕も行く」と思わず言ってしまう。
「二人でお邪魔してもいいかしら?」
その里沙の問いかけに、女の子はじっと二人の顔を見つめる。
「あなたたちは、恋人?」
流石の里沙も虚を突かれたのか、瞬きしながら良樹を見て、どう答えるべきなのか迷っている。
「友だちです。僕は
良樹が代わりに答えたが、女の子はつまらなさそうな顔をすると「まあいいわ」と言って、中に入るよう促した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます