僕が小鳥になったわけ

ことはたびひと

プロローグ

うっすらと明け方の光が部屋の中に差し込み、薄暗かった室内が徐々に色彩を取り戻してゆく。

部屋のあるじはまだ夢の中。

花咲き染めたばかりの可愛げな少女がベットの中で寝息をたてている。

一羽の小鳥が小さな翼を広げ、音もなく少女の枕元に着地した。

少女の「うん?」とつぶやくような優しい声が漏れる。

あれ、起こしちゃったかな。

はた羽ばたくのを止め、僕はドキドキして少女の横顔をまじまじと見つめた。

幸いに少女は目を覚ますことはなかった。

ふう、ひと安心。

彼女を起こさないように、僕は広げた翼をそっとたたむ。

彼女の艶をおびた長いまつげがわずかにゆれる。

きれい。

彼女のしっとりと湿ったくちびるに黒髪が絡みつく。

きれい。

寝返りを打ってまとわりつく黒髪をかきあげる。

きれい。

どうしようもないくらい激しい感情が沸き上がって、僕は彼女の頬にゆっくりと羽毛におおわれた頬をすり寄せた。

はちみつのような少女の優しい香りがふわっと立ちのぼり、僕の鼻孔をくすぐる。

温かくてとても優しい香りが僕の胸に満ちて、思わず「くるるるるぅー」とのどを鳴らしてしまった。

不可抗力である。

「ふふ、くすぐったいよ」

春風のような優しい声で少女がつぶやいた。

そして、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

しばらく焦点が合わなかったらしく、少女の瞳は小鳥を見ているようでどこか遠くを見ていた。

少女は二、三度目をぱちぱちさせると、意思のある光が彼女の瞳に宿り、優しくほほ笑んだ。

とくんと、僕の心がはねる。

まるで喜びはずむウサギのように。

ずっとずっとこの至福の時間が続けばいいのにと僕は思う。

うららかな日の光が彼女の顔をちらちらと照らすので、彼女は「ふにゅう…」と気の抜けた吐息を吐き出して枕に顔をうずめてしまった。

起きだすのはどうやらまだ先のことらしい。

僕は永遠に眺めていられるであろう彼女のしどけない寝姿を見つめながら、ふと昔のことを想った。

それは僕が人間だった頃の記憶である。

昔の記憶というのは僕にとっていまだ癒えない痛みをともなう古傷のようなものだが、この痛ましい過去を経験したおかげで僕は彼女に出会えてのである。

すべては彼女に出会うためのかけがえのない大事なピースである。

さて、彼女が起きだすのにはまだ早い。

彼女が目を覚ますまで、小鳥と少女の…、いや、少年と少女の数奇で天命ともいえる小さな出会いの話でもしようか。


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