彼女の秘密
彼女の愁いを秘めた瞳を青年は忘れることができなかった。
ベットで横になっても彼女の姿を思い出してしまい、ろくに眠れず、やっと寝れたとしても彼女のことばかり夢に見る。
そしてすがすがしい気分で朝目覚めると、こんなにも気分がいいのだから、きっと彼女の夢を見ていたに違いないと、青年は妙に納得した。
青年の毎日はきれいな鏡の中の幽霊で彩られた。
その日から青年が毎日鏡の中の彼女に会いに図書館を訪れるようになったのは言うまでもない。
「なぜ君は鏡の中にいるんだい?」
ある日青年は彼女に訪ねた。
「ある男のひとを待っているの。いくら待っても彼は戻ってこない。だから、魔法を使って鏡の中に入って待つことにしたの。ずっと、ずっと…」
鏡の幽霊は悲しそうにそう答える。
その姿は萎れてしまってもなんとか咲き続けようとする健気な花のようで、蜘蛛の巣の上でゆれる水滴のようでもあった。
彼女はすがるように手を伸ばし、優しく鏡に触れた。
青年も彼女と同じ場所に手を添える。
きんと音がなるほど鏡は冷たく、彼女の寂しさが痛いほど青年には伝わってきた。
夏休みも終わり大学がいつもの活気をとり戻すころ、青年は彼女のある異変に気がついた。
それは彼女の記憶が、彼女の存在が、鏡の中で徐々に消えつつあるということ。
「もう私、彼の顔さえ思い出せないの」
彼女は涙を浮かべて青年に告げる。
このままでは彼女がこの世界から消えてしまう。
乾きに似た焦燥が青年を襲った。
青年は考えゆるあらゆる手段をもって彼女を助ける道を模索した。
オカルト、都市伝説、根も葉もないうわさを彼は必至で集め、ときには大学の授業を休んでまで情報を収集した。
でも見つからない。
青年にできることといえば、鏡の前で不安げに静かにたたずむ彼女へ、自分でも悲しくなるくらい根拠のない励ましの言葉を口にすることしかできなかった。
出会った頃は彼女の夢を見ただけで幸せな気分に包まれていたのに、今では同じ彼女の夢を見ても言葉にしきれない悲しみが青年を包み込んだ。
そして朝起きると夢の中の彼女の顔を思い出し、胸をつかまれたように息苦しくなる。
青年の彼女に対する想いは、もはや”恋”という簡単な言葉では表現することのできない、熱く激しいものになっていた。
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